どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》福島巡礼2015夏⑤桜・ツツジの夜ノ森/祝福されていない出逢い

-No.0682-
★2015年08月04日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1608日
    (高倉健没から →  267日
★オリンピック東京まで → 1816日







◆富岡は負けない!

 常磐線、次の夜ノ森駅も富岡町内。
 「夜ノ森」の駅名は、もと”乗り鉄”のぼくには印象深い。
 けっして暗いイメージではなくて、ファンタジックな物語を誘われる。

 ぼくは、この駅のホームに降りたことはあるのだが、改札を出てはいなかった。
 夜ノ森公園は桜並木の美しいことで知られ、原発事故の後も、新聞・テレビの報道に登場することが多い。
 夜ノ森駅そのものも、ホームの両側一帯に6000株というツツジの花の名所でもある。

 しかし、ぼくと「夜ノ森」の出逢いは祝福されていない。
 去年2014春、常磐道富岡インターを下り、市街地への道を走ったら、大手を広げて立ち塞がるバリケードにSTOPをかけられたのが、夜の森の信号であり、そこから否応なしにグイと捻じ曲げられた行く先には、「通行許可証」をもつ者しか通さない検問所があって、ぼくは結局また富岡インターへと引き返さざるをえなかったのダ。
 事情やむなし…とはいえ、気分はよくない。

 状況は、この夏も似たようなものだった、けれど、国道6号が通じたことで常磐道との連絡がとれるようにはなっていた。

 7月15日、午後2時すぎ。
 台風の影響で、明日は雨になる予報だった。
 ぼくはちょっと悩んだが、6号沿道ウォッチの動画撮影を中断、県道36号小野富岡線を西に向かった。
 その先に、川内村がある…。

 道筋には、帰還困難区域の通行止め”竹矢来”がつづき、夜ノ森の信号もそのままだったが、ふと、「通行制限中」の黄色い看板に「富岡は負けん!」、白いシールに住民の意志があらためて示されていたのが、新鮮だった。
 町に帰った人か、帰る日を待つ人かは知らない、ともあれ人はいる。

 ぼくは結局、夜ノ森駅には立ち寄ることなく…。
 放射能汚染土を詰めたフレコンバッグの山、「除染作業中」の旗が風に揺れるなか、緑の草っ原を横目に富岡川を遡って行った。