どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

猛暑日つづきの都心、気象庁北の丸露場/     ミミズの追い出され死、多発に触発されて…

-No.0679-
★2015年08月01日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1605日
    (高倉健没から →  264日
★オリンピック東京まで → 1819日









◆温暖化、劇症気候のゆくえ

 土から這い出したミミズの死骸が路上に目につく、猛暑つづきの日々になった。
 暑い陽に灼かれ熱気の籠る地面に、干からびたミミズの姿は哀れだ。

 土を食べてみずからの養分とし、またみずからも糞のかたちで土に養分を還して生きる。
 そんな、いつも土と共にあり、土を故郷とし日々の塒ともしているミミズが、土中より遥かに酷熱であろう地上に這い出して死ぬ…そのわけがワカラナイ。
 敵から逃れるためか、土中の環境悪化か、いずれにしても、そこに居たたまれなくなったことに違いはない。

 そんなことを想いながら、真夏日のつづく北の丸公園に足をはこんだ。
 夏休み。
 少年少女の錬成大会が開かれていた武道館から、竹橋方面にしばらく歩くと、緑濃い園地の一画に気象庁の観測”露場〔ろじょう〕”はあった。

 気象庁の、(東京都心の)気象データ観測地点が50年ぶり(前回東京オリンピック大会のあった1964年以来)に移転した。
 そのことは、このブログの-No.0442-2014年12月7日記事http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=8454420450076194711でもとりあげている。
 
 大手町から北の丸へ、距離にすれば900メートルほど西へ移るだけだが、発表によればこれによって、冬場の最低気温レベルが1度ほど低くなるかも知れない、という予測であった。
 そのとき、ぼくは、ビル街から緑地への移転ということで、逆に、夏の最高気温が少し低くなるのではないか…と考えたのだった。

 実際のところはどうなんだか、現場を踏んで確かめておきたくなった、というわけ。
 地面からは一段高く、その地下に観測機器をおさめた露場は、緑樹のなか…といっても、芝生地のそこは空間が切り開かれている。
 輻射熱は抑えられるだろうけれど、照りつける陽の暑さには、まぁ…変わりがないわけではあった。

 地球温暖化が叫ばれるなかで、これにともなう気候の”劇症化”も烈しくなるばかり。
 北の丸露場の観測データは、真夏の最高気温も真冬の最低気温も、ともに更新をつづけることになるのだろうか。

 露場に見られる観測装置は、いずれもメタリックに近代化されたものばかりで、昔ぼくらが、小学校の校庭の隅っこでやった気象観測…柵のなかの芝生に白い百葉箱…風景とは違った世界のものになっていた。

 ここに……。
 現在地現時点、リアルタイムの気象情報を電光表示板で伝え、くわえて、過去の同じ日には、どのような注目されることがあり、ちなみに、その日の気象データはなにを語っていたのか、といった情報など伝える仕組みがあればオモシロかろう気がした。
 なにも建物などはいらない、まぁ屋根付き小広場くらいのものがあれば、と。

 近くの科学技術館でも、夏休みの子どもたち向けイベントが開かれていた。
 もちろん、冷房のきいた室内で、だ。

 北の丸公園のなかでは、路上に這い出したミミズの死を、見かけなかった。
 そういう場面は、やはり市街地か、それに近い、つまりストレス値の高いところに、多くなるのであった。