どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《戦後70》広島巡礼後⑤-古代出雲歴史博物館/ またバス停へと走る”寝込まない…”爺と婆

-No.0647-
★2015年06月30日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1573日
    (高倉健没から →  232日
★オリンピック東京まで → 1851日








◆青銅器文化の濃密さ

 出雲大社の神域に近い、松の参道に隣接する出雲古代歴史博物館を訪ねる。
 展示にくふうが凝らされて、従来の博物館にはない親しみがある、と聞いていた。

 出雲大社の古代神殿がどのようなものであったか…の謎にせまる、さまざまな考証の実在化にロマンがあったし。
 『出雲風土記』世界の展示には、実際の人里の小道や、市場をのぞき歩くような愉しさがあったし。
 なにより、銅鐸・銅矛・銅剣など、発掘された青銅器の数々、その多さと古代文化の濃密さには、目をみはらされた。

 分厚い資料冊子を手に、解説をかってでるボランティア学芸員のガイドぶりには、いまひとつの工夫がもとめられるだろう、けれど、こうした文化展示の、これからの流れにはちがいなく。
 その動きが、都からは遠い出雲の地で胎動していることが、素直にうれしかった。

 ミュージアムショップで、かみさんが見つけたのは、勾玉の飾りや銅鐸のミニチュアではない、「寝込まないおじいさんとおばあさん」と名づけられた”起き上がりこぼし”。
「やっぱり…これ、ですかねぇ」
「やっぱり…これ、でしょう」
 なんとも可笑しくて衝動買い、だったけれど…。

 気がつけば、出雲市駅に行くバスの時間が急迫していた。
 正門前のバス停までは、ゆるい上りの坂を急ぎ足で7分ばかり。

 今朝も日御碕で、バス停へと走らされた。
 ここ出雲大社でも、また、バス停へと走らされる。
 (車で旅していれば、こんなことはないのに…)
 ちょと口惜しい。

 息せき切って、バスに間にあい、出雲市駅からの午後の特急列車にも間にあった。
 きのう夕食に味わった”出雲そば”を、もういちど昼餉に味わうゆとりもあったし、となれば、文句はない。

 あとは、売店で缶ビールを買いこんで高架のホームに上がる。
 きょうは、これから京都まで、ふたたび長距離の鉄道旅行だった。