どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

法事になると、ナゼか想いだされる虫がいる/   キチキチ鳴いて飛ぶショウリョウバッタが懐かしい

-No.0416-
★2014年11月11日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1342日
    (高倉健没から →    1日)
★オリンピック東京まで → 2082日

*《3.11》から3年8カ月、被災地は疲弊。その一方で国政には、にわかの解散風…不可解。自慢のアベノミクス失敗に気づいて逃げの手はずか…それにしても我慢の気力というものがまるで利かない、早漏気味の政権にはウンザリだ*




◆「米搗きバッタ」と法事

 一昨日9日は、父の27回忌と母の17回忌とをあわせて、わが家で法事。
 「まーるが道の寺」斉藤晃道師にご足労を願い、姉の家族5人と、ごく内輪のことにした。

 これまでは、親戚にも声をかけて集ってもらっていたのだけれど、のこる両親の親族がみな相当な高齢になったこともあり、ここらが潮時と考えた。
 ぼくたち夫婦にしても、これから先は、どこまで仏事のお世話ができるかわからない。

 ともあれ無事にすませて、翌朝。
 からりと晴れた空に、ぼくは「キチキチキチ」と飛ぶショウリョウバッタの姿を脳裡に追い求めた。
 
 もちろん、すでに季節はずれであり、ショウリョウバッタ(精霊蝗)はもう産卵をすませて、成虫はわが命をおえるじぶんだけれど…。
 そうして次世代のバッタは卵で越冬、翌年春に孵化し、かたちはそっくりながら翅のない幼虫期を経て、成虫なるのが梅雨明けの頃。
 その名の由来は、夏のお盆(精霊祭)近くなるとあらわれ、姿形も精霊流し精霊舟に似るからだ。

 ボクにとっては、そればかりでなく…。
 どこかのお墓参り連れていかれた子どもの頃、墓地の草っ原にショウリョウバッタの群れ飛んだ記憶がつよく、いまだに鮮明にある。
 あのときも「キチキチキチ」と乾いた音をたてて飛んでいた。

 だから幼な子たちのあいだでは「キチキチバッタ」とも呼ばれていた。
 前後の翅を打ち合わせて鳴きながら飛ぶオス(の成虫)が、ぼくらガキじぶんの遊び相手で、スリムで動きも機敏な相手を、夢中になって追いかけたものだった。

 大きく肥えたメス(体長は8~9センチ、触角の先から後ろ脚の先までは15~16センチもあったろうか)は、ほとんど飛ばないから捕まえやすかった。
 後ろ足を揃えて掴むと、身体を縦に振って逃れようとする、その姿態から「米搗きバッタ」の名もあった。
 やたらペコペコする大人みたいで可笑しかったが、あるとき遊んでいた「米搗きバッタ」の片脚が捥げてしまったことがあり、それ以来、メスを捕まえることはなくなった。
 たしかあのときは晩秋、メスのお腹はふくらんでいたっけ…。

 ショウリョウバッタは、ほかのバッタ、イナゴに似たトノサマバッタなんかに比べると、体型が細長くスマートなのがお気に入りであった。
 円錐形で斜め上向きに尖った頭にも、なんともいえない愛嬌があった。

 ショウリョウバッタは、たいがい緑色で、それは明るい草っ原の環境に適応して、子どもたちの追求を巧みに逃れた。
 背の低いイネ科植物の葉っぱは、彼らのたいせつな食糧でもあった。

 ところが、ときたま茶褐色のショウリョウバッタも見かけることがあって、ボクはずっと、それを突然変異種かなにかかと思っていたのだが。

 最近になって、そのワケ、真実を知った。
 生態学の稲垣栄洋さんが書いた『弱者の戦略』(新潮選書)によると、生物が生き残り戦略で用意する体色の変化、変種だという。

 つまり、緑ゆたかな中では緑の体色が有利だけれど、植物の少ない環境では褐色のほうが目立ちにくい。どちらが有利かは、ときにより、場所により、それぞれの環境によって違う。
 ショウリョウバッタという昆虫の種としては、2つの体色オプションを用意することで、どちらかが生き残れるようにしている、「両賭け戦略」なのだと。

 「どちらを選択すべきか迷うような状況では、生物はどちらか一方を選ぶよりも、どちらに転んでも良いような対策を取ることが多い」そうな。
 (ふぅむ…深遠なる摂理…)

 ぼくは、ひさしぶりにあの頃のショウリョウバッタに、キチキチバッタに、米搗きバッタに、また逢いたくなってきた。

*写真は、フリー百科事典『ウィキペディア』から借用しました*