どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

映画フィルムをつなぐ「アセトン」という物質のこと/ごくふつうに思える大胆さも、現代社会では無防備

-No.0412-
★2014年11月07日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1338日
★オリンピック東京まで → 2086日




◆無防備にすぎた青春時代の一点景

 ぼくはかつて、映画の世界にいたことがある。
 助監督という職分で、企画・脚本・演出・撮影から仕上げの編集まで、トータルでカバーする。
 “激務”というか、“消耗戦”というか、半端でなくキツい仕事。

 その大詰めに「編集」がある。
 「つなぎ」とも言った。厖大な撮影済フィルムから必要な部分を取り出し、切ってツナグ。
 徹夜が2~3日つづくのはあたりまえ…だった。

 映画用のフィルム。
 いまはすっかりデジタル化されたが、以前はもじどおりのフィルム。
 イーストマン・コダック(アメリカ)と富士フィルムの独占で製造されてきたが、イーストマンは先に経営破綻し、富士フィルムが2013年に製造をやめてフィルム時代は終焉を迎えた。

 ノスタルジー噺ではないが。
 メタリックなデジタルにくらべると人肌の温もりがあったフィルム映像の編集、「つなぎ」には専用の精密な編集機材が使われた。
 編集作業は、まさしく「切った」「貼った」の世界。
 わずかなフィルムの境目を利用して、ピッタリ繋ぎ留める。
 その際、極く薄く削り取った膜面に塗る接着剤を「アセトン」といった。

 「アセトン」は、特有の刺激臭をもつ無色の液体で、揮発性があり引火性でもあったから、小ぶりの密閉性容器に入っていた。
 シンナーに酷似した刺激臭は、長時間、閉めきった編集室で作業をつづけると、頭が痛くなってきて、食欲も減退、喉が渇き、吐き気などの体調不良にしばしば悩まされた。

 フタに付属した小さな刷毛で「アセトン」を接着面に塗り付け、フィルム同士を貼りあわせる。
 このとき手には、フィルムを傷つけないように、薄手の白手袋をつけているのだが、その指先で接着面を扱くように擦る。
 すると、接着面から食みだした液体で手袋が濡れる。それは、手袋を通して指先をも濡らす。
 「アセトン」の接着力は強かった。
 乾けば薄茶色に変色して固まる、強力接着剤の染みる白手袋は、消耗品であった。

 映画作品は、この撮影用フィルムを繋いだものを基に、これまた専門の「ネガ編集」を経て、上映用フィルムに仕上げられるわけだが。

 その「アセトン」が「発がん性物質」だと知ったのは、映画世界を離れてからのことだった。
 (いまは、発がん性を否定する見解もあるらしく、また、フィルム接着剤に使われていたアセトンに特殊な成分が含まれていたのかどうかもわからない、けれども)
 それは、多くの有機化合物をよく溶かす、すぐれた溶剤であった。
 それは、クロロホルムの仲間でもあった。

 「発がん性物質」というだけで、ぼくはその閾値(限界値)とか細かいことまでは知らない。
 特殊な映画関係の世界で、どれだけの影響があったのかも知らない。
 (かつての映画界は、ある種“異丈夫”な者たちの世界だったから、発がん性物質なんぞヘッチャラで蹴散らしてきたものやも知れない)
 いずれにしても、刺激臭のある危険物質でフィルムをつなぎ、その間は(引火性が強いから)吸えないタバコを休憩時間になるのを待ってスッパスパと吸いこみ、仕事をおえれば餓えたように酒を呷った青春は、振り返れば吾が身の“残酷物語”であった。

 ボクは、生きものとして、オスとして、ごくあたりまえに、大胆である。
 しかし、この現代社会を生き抜くうえでは、それでは大胆にすぎることが、いまはわかっている。
 はっきりいえば、「無謀」。
 「臆病すぎる」くらいで、ちょうどいいのだ。

 「あきらめ」というのは、注意しても努力しても、どうにもならない場合にのみ、あるものだ。