どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「砂漠の旅名人は女性」という示唆に富んだオハナシ/ヒューマン・プラネット『砂漠』に想う

-No.0403-
★2014年10月29日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1329日
★オリンピック東京まで → 2095日




◆子連れ女性のキャラバンが砂漠を渡る

 ケーブルデジタル(CATV)のチャンネルに「アニマルプラネット(750ch)」というのがあって、愛着をもって視聴している。

 先ごろ放送のあった「ヒューマンプラネット」のシリーズもよかった。
 さまざまな自然環境のなかで、人類がいかに生きてきたかを証す、イギリスBBC製作のネイチャー・ドキュメンタリーである。

 『砂漠-乾きの中のチャンス-』の一場面。
 「砂漠の旅名人は女性…」というナレーションが、灼熱の砂の海の映像にかさなって聞こえた。
 ピーター・オトゥールの名演が光った映画、『アラビアのロレンス』を髣髴とさせる過酷にすぎる舞台、その主人公が女性といわれては、ショウジキ虚を突かれた。
 (オレも男の、それも古狸のくちであったか…)
 
 アフリカ北西部、サハラ砂漠遊牧民トゥーブー族は、子連れの女性たちばかりで砂漠の海を渡って行く。何頭かのラクダを売ったお金で、半年分の食料などを買って帰るために…。
 (つまり、これは年に2回、終生くりかえされる旅)

 子連れ女性ばかりのキャラバン。以前はたくさんあった隊商も、いまでは数百に数が減った。
 映像に登場した老女性は「自分が次の世代に伝えのこさなければならないこと」だとキッパリ、思いきわめていた。

 彼女は、一日の旅を終えた露営の火を囲み、夜空の星を仰いで、
「この北極星の方角を目指して行けばいい」
 と語り、今日一日の(なんの目標もないかに見えた)旅にも間違いはなかったと、自信にあふれた笑顔でいいきる。
 彼女の話しに聞き入る少女の目には、信頼と憧憬の輝きがあった。

 隊商を組んで砂漠の海原を渡って行った者たちのなかには、ついに帰らぬ者たちもいた。

 『砂漠は生きている』というドキュメンタリー映画が、子どもの頃にあった。
 じつは、その簡潔なタイトルこそが、砂漠の真実を語っている。

 〈砂丘〉というよりは〈砂山〉、もっというなら〈巨大な砂のうねり〉は、吹く風にまかせて日々刻々、その姿を変えていく。

 同じ状況は二度とない、けれども、それでも、経験は宝だ。

 「畝をヨムんだよ」と、老女は諭すようにいう。
 田や畑の、やさしい「畝」しか知らないボクらだけれど…。
 たしかに山脈や波にも「畝」があり、「うねり」と呼ばれる。
 奈良の畝傍山は、往時の里人にとって、呼び名そのままに在ったことだろう。

 キャラバンが目指すオアシス(水場)は、砂丘の畝と畝の間の窪みに隠れてある。
 近くまできても見逃す怖れのあるその在り処を、しかしベテランは見逃さない。
 見逃さないコツ、水の臭いといったようなものも、次の世代に伝えてのこす。

 いまニッポンでは、遅ればせに女性の登用が叫ばれ、しかし、期待の星がこけつまろびつ…と、まったくしまらないから、いよいよこのオハナシが示唆に富む。

 はたして「人類に失地回復の余地」はあるのだろうか…と。