どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》2014晩夏の巡礼-9日目-せたな町②/ 北海道と福島県とで復興タッグ組めないか

-No.0401-
★2014年10月27日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1327日
★オリンピック東京まで → 2097日





◆「風景は人」、よくもわるくも真実

 きのう宿は、温泉ホテル「きたひやま」。
 バリアフリーの設備もりっぱに整って、料金も都会並み。

 日帰り入浴もできる大きなお風呂に入って、かみさんの報告によれば。
「お隣りに大きなパークゴルフのコースがあるんですって、そこで運動したあと、ここで汗を流して帰るのがいま流行りなんですって」
 とのこと。いいね、やるねぇ、高齢元気塾。

 瀬棚港の背後、日本海の海を見晴らす立象山に上がった。
 そこには、予定では昨日テントを張って泊ることになっていたキャンプ場「せたな青少年旅行村」もある。またのチャンスということもあるから、ロケーションなど確かめておきたかった。

 左右、見渡すかぎり北桧山の汀、渺茫たる大海原。
 環境はよし、サイトもよさそう。
 左手に遠く、奥尻の島影が見える、日本初という風力発電の洋上風車も見える。
 陸側を振り返り見れば、丘の上には悠々とした牧草地の広がりがあり、川沿いの低地には黄金色に稲穂の稔りゆたかな水田もある。
 思わず、ホッとため息の、のびやかさ。

 ここでも、つくづく「風景は人」と想った。
 (ボクのコトバのなかでも佳作ではないか…)
 人はみな「風景」を称賛するが、その風景もじつは「人」あってのもの。
 絶えて人っ気のない世界に、人は感受性のかけらさえも見いだすことはできない。
 ボクが、旅に魅かれ惹かれて、生涯にたったひとつ得た「極意」かも知れない。

 「島」というだけで、少なくとも2割は不利な条件の奥尻を想いかけて…。
 ふとその想いは遠く遥かに翔けて、《3.11》被災地東北の福島県へと跳んだ。

 この“北の大地”北海道と福島県とで、「復興タッグ」を組めないものだろうか。
 福島県沿岸部の放射能汚染地帯は、たとえ“帰郷”がかなったところで、この国自体が深刻な人口減の流れにあるなか、いずれ、いくつかの町村は消えていくことになるのではないか。

 “郷土”は恋しくとも、生きることのできない“郷土”なら、やむをえない。
 狭くゆとりのない国土、でも、北海道になら望みはある。

 たとえば「道南」は、東北地方とも環境に大きすぎる違いはない。
 
 たとえば「せたな町」は、若年女性(29~39歳)人口の減少率、道内で21番目に高い。つまり、いずれ消滅する可能性が大きい。
 そして、消滅する可能性の高い順のトップ20以内には、「江差町」「奥尻町」も含む6つの町が含まれているのだ。

 “人口減”に悩む北の大地と、“放射能汚染”に悩む福島県の町村とが、どういうカタチであれ、復興のために手をとりあう、タッグを組むことには深い意義があるのではないか。

 ぼくは《3.11》被災地東北の巡礼をつづけながら、いつも、この想いが頭をはなれない。
 少しでも可能性があるのなら、お手伝いをしたい、との思いをつよく持ってもいる。

 いちばんなのは、北海道の町村から福島県の町村へ、「ご一緒に」の声をかけてくれるのがいい。
 まずは〈住民1人の声〉でもいい。
 福島県の側からも、「いいね」と。
 応える〈住民1人〉の声があればいい。
 「復興タッグ」を目指して、「交流」からスタートすればいい。

 「この指と~まれ」で、いきたいな。