どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》2014晩夏の巡礼-4日目-②津軽海峡/ 深夜便フェリーの前後、青森と函館

-No.0392-
★2014年10月18日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1318日
★オリンピック東京まで → 2106日






◆温泉に浸かって、ホテルで食事

 田舎館村の「田んぼアート」のあとは、一路、青森港へ。
 《3.11》被災地東北巡礼が始まってからは、これもすっかり定番のコースで、津軽海峡を渡るフェリーは深夜便。

 理由は簡単で、日中の活動時間が有効利用できるから。
 もうひとつは、かみさんの実家に着く時間を考慮している。
 彼女のふるさと、海峡沿いの(松前郡)福島町へは、函館港からおよそ2時間の距離。フェリーに所要の3時間40分を加えると約6時間。

 実家はいま、高齢の兄一人の住いで、行くときにはいつも途中で食材などの買物をすませ、かみさんが手料理をすることになっていたから、中途半端な時間には着きたくない。
 なんやかやで、深夜便のフェリーで渡り、昼前に実家に着くのがいい、ことになった。そうすれば昼食から団欒の食卓がかこめる。

 悩ましいのはフェリー待ちの青森港の夜のすごし方と、夜明け前に着いて函館港の日の出待ちと、両方の時間のすごし方だった。
 「ねぶた祭り」のときなら、見物に繰り出して時間つぶしができるが、それでも待ち時間はのこる。祭り見物もないときは、車の座席で仮眠をとるしかない。

 今回は、(いつもより疲労感が濃い)気がして、ふと心がうごいた。
「ゆっくり風呂につかっていこうか」
 近ごろは街でも地方でも、スーパー銭湯とでもいうのだろうか、飲食・休憩施設も備えた入浴施設が多い。
 これまでは、なぜか、その気にもならなかった…。

 青森市内の「天然温泉」につかり、ついでにホテルの中華レストランでの夕食まで張りこんで。
 けれども、やっぱりそれでも待ち時間はたっぷり。
 乗船手続きをすませた港で船待ちしながら、
 「こんどからホテルで“休憩”にしようか」とボク。
 「そうだね、ラブホでもいいしネ」とカミさん。
 爺っちゃ婆っちゃコンビはそこで、ククッとふきだしてしまったものだ。

 青森港を22時25分出航、函館港に2時05分接岸。
 船は、津軽海峡フェリーの新鋭船ブルーマーメイド(もう1隻がブルードルフィン)。
 “ビューシート”と呼ばれるリクライニングの座席も初めて利用してみたが、船首部分に設けられたこの席はハッキリ昼間便にかぎる。

函館港、埠頭での黎明はジンジンと底冷えた

 いっぺんに秋を飛び越して、初冬を思わせる冷え込み。
 トランクから用意の毛布をひきだし、今シーズン初の暖房スウィッチを入れる。

 温まりたかった。
 じつは、ぼくら、函館でもいつもの風呂に入っていくつもり。
 ころあいを見て、函館山の麓の谷地頭温泉へ、朝湯を浴びに行こうと思っていたのだけれど。
 
 ふと、その日が第1月曜日だったことに気づく。
 休業日であった。
 しかたなく朝の陽が昇るまで、ひたすら耐える。

 函館港岸壁の朝は、寒気をふきとばすステキな朝焼けで始まった。
 顔を洗いに、フェリー事務所の洗面所を借りに行くと、埠頭の端に、夏休み限定の就役をおえた「ナッチャンWorld」が係留されていた。
 この船のことは、9月3日-No.0347-の記事でふれたばかり。http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815731667164
 就航していないときの船というのは、ずいぶんと肩身の狭いものであった。
 この船が、災害か、はたまた集団的自衛権行使の非常事態ともなれば、自衛隊の兵員輸送の任務に駆りだされるのダ。
 そのときの情景を思いべると、船体の、賑やかにはしゃいだイラストが皮肉なものに映った。
 



*写真=上段、(上)は函館港のステキな朝焼け・こんな色艶のいいのは初めて、(下左)は埠頭から望む函館山の景、(下右)はこの夏のお役目を終えた「ナッチャンWorld]*
*写真=下段2点は、青森港フェリー・ターミナルで折り返し便の荷役風景*