どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》2014晩夏の巡礼-4日目-①田舎館村/ ぼくらの「田んぼアート」見物も3年目になった

-No.0391-
★2014年10月17日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 1317日
★オリンピック東京まで → 2107日

*政治に関する定期的なアンケートで、とても気になることがある。たとえば、政権をになう首相を「支持するか」「しないか」の設問に続いて、「指示する理由」というのがでてくる。その筆頭にでてくる選択項目が「ほかよりもよさそう」だからというのだ。オカシイと思いませんか。「ほか」って誰なの。比較する相手もはっきりしない「ほか」であれば、漠然とした印象のよしあしで、「嫌いじゃない」だけ、みたいなもんでしょう。人気みたいにアヤフヤで、評価ともいえない。はっきりいえば「どちらともいえない」のと大して違わない。一国の首相を評価するアンケートには、まったくふさわしくない選択肢。「その程度の首相」だというのなら、本人に対してたいへん失礼なことだし、アンケートされる側にとっても「人をバカにするにもほどがある」、蹴飛ばしてやりたくなるような選択肢ではないだろうか。どうでしょう、ちがいますかネ…*













三陸被災地沿岸を離れた

 釜石から花巻までの長い距離、遠野を走りすごしながら。
 沿岸部の将来、“地方消滅”が現実味をおびてくるなかで、いくつの町村が復興をなしとげ生きのこることができるのか…を想う。
 沿岸部と内陸部をつなぐ位置にある遠野市は、政府が構想する「地方中枢拠点都市」としての役を果たしていけるのだろうか…。

 東北道に入ってアクセルを踏み込み、不安な想念を振り払う。
 空が、陽が、雲が、緑が、田畑の風景が、秋が間近なことを知らせていた。
 黒石インターを出て、田舎館村へ、「田んぼアート」へ。

 はじめて訪れたときの、大笑いシーンを想いだす。
 道に迷って、助手席から土地人に尋ねてもらった。それが…。
 「田んぼあと、どこですか」と、かみさん。
 (後でたしかめたら彼女、〈田んぼアート〉を〈田んぼ跡〉かと思ったのだという)
 聞かれた方は一瞬ハテという顔をされたが、すぐに「あぁ、田んぼアートね」と心得て破顔一笑、親切に村自慢の展示場所を教えてくれたのだった。

 この日は9月7日、日曜日。
 田舎館村役場の、城型の展望台には見物客があふれていた。
 たしか去年の夏も日曜日にあたって、エレベーター待ちの列に並んだ覚えがある。
 たいした盛況ぶり、いまではすっかり津軽の風物詩になっていた。

 今年で記念の20回目になる「田んぼアート」。
 ぼくらは《3.11》の翌年、2012年の田植後からここを訪れるようになった。
 被災地の傷痕、まだまだ生々しくのこる沿岸部から逃れて、正直、ひと息つけるところがほしくかったのである。

 梅雨時の水田は、「田んぼアート」のデッサンをおえたばかり。ハイテク技術、駆使して計算された絵柄を表現すべく、瑞々しい稲の苗が見せる素描の線描きに圧倒された。
 展望台に立つと、絵の仕上がりが思い描ける。

 「田んぼアート」に使われる稲は、全部で9種類9色。
 遠近法を用いて、展望台から観たときにちょうどいい構図になる絵柄は、真上からではサマにならないという。
 稲の穂が出そろう夏に再訪して、その精緻な表現力に脱帽した。
 その年の絵柄が、「悲母観音と不動明王」。
 ほかに、道の駅「弥生の里」展望所にも第2アートが見られて、こちらは「七福神」。

 翌2013年は、第1アートが「花魁〔おいらん〕とハリウッドスター」、第2アートが「ウルトラマン」。
 そうして今年2014年が、第1アート「羽衣伝説と富士山」、第2アート「サザエさん」。
 ただ、ボクには今年の絵柄がいまひとつ(くすんだような)印象で、観客整理の係の人に尋ねると「時期が少し遅いので…もうじき稲刈りですから」とのこと。
 なるほど、なっとく、秋の空。

 “米づくりの里”をアピールしようと、「稲作体験ツアー」から始まったこのイベント、全国的にもしっかり定着してからは、毎年10万~20万人もの見物客を集めるにいたって、ほかの稲作地にも影響をあたえ、しかし卓越した技量で他の追従をゆるさない。 

 しかし……。
 これだけのインパクトのある動きが見られる田舎館村も、若年女性人口変化率は、-(減少)55.5%、このままいくと2040年の総人口が5000人余りにまで減ると予測され、「消滅可能性が高い」とされているのダ。
 傍目には、これだけ頑張っていてのこの数値、驚くばかり。

 ただ、「地方中枢拠点都市圏」構想からすれば弘前市が核となろう。
 津軽野の他の市町村とともに工夫をこらせば、好結果をもたらせる素地はあると思える。
 たとえばの話し、被災沿岸各地とは条件が段違い、ではなかろうか…。
 








*写真=上段、(上)は道の駅「弥生の里」展望所から眺める岩木山弘南鉄道のある風景、(中)は2014年第1アートの「羽衣伝説と富士山」そして咲きのこりのアサガオ、(下左)は第2アートの「サザエさん」、(下右)は弘南鉄道の「田んぼアート駅」の乗降客たち*
*写真=下段、(上)は2012年の第1アート「悲母観音と不動明王」左端は6月素描の頃の風景、(下)は2013年第1アートの「花魁とハリウッドスター」*