どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》2014晩夏の巡礼-3日目-②新山高原/ 大槌の町に明日の展望が開けるかも…

-No.0388-
★2014年10月14日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1314日
★オリンピック東京まで → 2110日













◆3市町にまたがる高原に復興支援のプロジェクト

 「和野っこハウス」でのワークショップのあと、佐藤さん夫妻と、赤浜のイタリアンレストラン「BARLITO(バールリート)」で昼食。
 《3.11》後に開店したこのレストランも、“ひょうたん島”を眺める土地柄にすっかり定着したようで、ランチタイムの店内は満席。
 パスタも、ピッツアも、うまかった。

 午後は、夫妻といったん別れて、ぼくらは新山〔しんやま〕高原へ。
 この高原のことは、巡礼に訪れはじめてすぐの頃から、案内標識で知っており、いちど訪れてみようと思っていたところだった。

 その高原に、ひょんなことから縁ができたのは、この春。
 「遠野まごころネット」の副理事長、臼澤良一さんを大槌の事務所に訪ねたときだった。
 臼澤さんから「絆森プロジェクト」の話しがでて、ドイツの財団によるこの復興支援プロジェクトの舞台が、新山高原地内と知らされた。
 興味深い展開になりそうだった。

 だから、このたびはぜひ、新山高原を見ておきたかった。
 できれば、案内をお願いしてご一緒したかったが、ぼくの〈未定部分の多いスケジュール〉のせいで、連絡が遅れてそれはできなくなったが。

 昨夕「和野っこ」へワークショップの材料・道具を届けたあと、赤い夕焼けの「大槌たすけあいセンター」で逢うことができた。
 (敷地内の「未来工房」がこの秋、めでたく開所式を迎えた)
 臼澤さんは、ここのセンター長でもある。
 ぼくは新山高原“絆森プロジェクト”の場所を尋ねた。
 それさえ教えてもらえば(案内なしでも行ってみる)つもり。
 
 しかし、これから始まるプロジェクトの用地には、まだ道標のようなものもなく、つまり原野の一部みたいなもの。
 結局、現地確認はまたの機会にして、今回はひとまず、新山高原そのものの全体像に触れておくことになった。

◆そこは新天地、もうひとつの“種山ヶ原”

 沿岸道路の国道47号から西の山地へ、小槌川に沿って分け入る道は、小槌地区の最奥の集落をすぎると俄然こころ細く狭まった。
 むかしは「大槌街道」といったらしいのが、(嘘でしょう)と言いたいくらい、かつての踏み分け道をなんとか車が通れるまでに幅を広げた感じ。
 (対向車があると困るな)と心配したが、それもついになかった。

 これまでに、大槌川を遡って行く一本北側の地方道と、南側では釜石の鵜住居川から峠越えの道と、どちらも遠野に至るルートを探索したことがある。その折にも感じたことながら、またあらためて(奥が深い)ことだった。
 “海辺の町”大槌の印象をガラリと覆す。
 
 しかし、それでいて、空を隠すほどに樹々が鬱蒼と生い茂るわけではないので、気分は明るい。
 (ぼくらは、いつものとおり今朝も、町役場裏の城山に上って、町と海の風景を眺めてきた。哀しいくらい変わり映えがなかった…)

 1時間ちかく登ると、草原が開けて、放牧された牛たちがいた。

 新山高原は、標高900~1000メートル、つよい風の吹き渡る牧草地一帯は、風力発電の風車が林立する“ウィンドファーム”地帯でもあった。
 初夏にはレンゲツツジミヤマキンポウゲの花が美しく咲き競うという、それもきっと佳いに違いないけれど、ぼくの脳裡は「ここにも、もうひとつ種山ヶ原」の想いでいっぱい。
 賢治世界の種山ヶ原はもっと山奥だが、ここのように海まで見晴らせる爽快感はない。

◆高原に「ドロノキ」は…

 新山高原に“縁”を感じた、もうひとつの要因が、この「ドロノキ」。
 ヤナギ科の落葉樹で、〈属〉はハコヤナギ。
 それは、ボクらが、その葉のキラキラ翻りを愛してやまないウラジロハコヤナギと同属、詳しくは知らないけれども、少なくとも似たもの同士には違いなかった。

 「ドロノキ」は、木質が柔らかすぎて、あまり役にたたない木。安い割り箸に「やなぎ箸」がある…それくらいの使いみちしかないのだろう。
 そんな「しょうもない」木に与えられた持ち味、材の肌の白さを活かして、郷土芸能「鹿子踊り」の“かんながら(たてがみ)”を削りだす。
 “かんながら”は、神と結びつくもの、「御幣〔ごへい〕のようなものといってよかろう。

 “絆森プロジェクト”を象徴するもの、祈念の標〔しるし〕として、「ドロノキ」に役目が与えられた。
 
 「あのヒラヒラがねぇ」と、ぼくらはつい、ウラジロを連想してしまう。
 ウラジロハコヤナギは、別名ギンドロ。
 葉裏の輝く銀白色がいっせいに風に揺れるとき、葉群〔はむら〕の踊り上がるような輝きで魅了するのだ。
 ドロノキは、どうやらそこが別、つまり、ウラジロではないらしい。
 どんな肌合いの材で、なにかほかに加工の工夫はないものか、いずれにしても、とても気になる。
 逢う日が愉しみ…。

 展望台で出逢った人(地元釜石と仙台の二人)は、吹く風に髪をなびかせながら言っていた。
「断然コレ(風=再生エネルギー)だよねぇ、原発なんかいらないよぉ」

 ぼくらは、その晩、佐藤さん夫妻の釜石の新居に泊めてもらって。
 (釜石の暮れかかる街からも高原の風車が望めた)
 これで、このたび、巡礼の前半をクリアー、草臥れた身体に旨酒が沁みた…。