どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》2014晩夏の巡礼-2日目-②陸前高田/ ベルトコンベアの連続するダイナミックな動線風景 

-No.0382-
★2014年10月08日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1308日
★オリンピック東京まで → 2116日






◆「希望のかけはし」が踏ん張る…その向う

 この春の巡礼で目を瞠った盛土造成の立役者、地元児童が命名した「希望のかけはし」が、夏になっても頑張りつづけていた。http://draft-scat.hatenablog.com/entry/2014/05/21/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%99%E3%82%A2%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%A9%E3%80%8C%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%AF%E3%81%97%E3%80%8D%E2%80%A6%E9%99%B8%E5%89%8D

 とにかくダイナミック、それだけでも救い…に思えた春の景観に、ところどころに“盛土”の高まりが加わり始めて、平坦な空間に動きがでてきたからであろう。

 なにしろ、そこにかつてあったもの、ことごとく流失したあとの高田、仮設の民家が後背地に退いたいま、沿岸部にあるのは“工事中”の動きだけなのだ。

 しかし、しばらく落ち着いて見なおせば、「ベルトコンベアの動き」といってもその実態が露見するところは少なくて、いわば「トンネルの中から聞こえてくる音」が主役の世界。

 それでもダイナミックな感を与えているのは、ベルトコンベアの繋がり。
 平野の展望をかっきりと区切って見せる山の稜線のようなものだった。

 津波の痕処理の段階では、頼もしく見られたダンプ群の往来、あれもダイナミックではあったけれど、こうして盛土が次々に現出してくると、平らに均された盛土上のダンプは、ポツンと頼りなげでさえあった。

 ボクは、はじめから“盛土”に懐疑があった。
 中に芯となるものとてない、ただの土盛りは脆弱にしか見えない。
 各地の造成地で見られる崩落の原因が、“盛土”地盤であることにもよるのだろう。
 それは、沼沢の“埋立地”と同じく危なっかしい、住むべき土地ではない印象がつよい。

 ところが、土木の専門家によれば「一概にそうとばかりも言えない」という。
 たとえば…と指摘されるのが、河川などの堤防。
 あれは「土」で造ることを原則にしている、という。

 東京ゼロメートル地帯の河川堤防など、土地にゆとりがなく止むを得ない場合にはコンクリートで造ったりもするが、そもそも頑丈そうには見えてもコンクリートの寿命は50年かそこら。
 造ったときから劣化が始まり、耐用年数がくれば壊れて、また一からやり直すしかない。
 いっぽう土には耐用年数がなく、きちんと管理のめんどうを見ていけば、ずっと使えて、水捌けもいい。

 なるほど、いわれてみれば…。
 しかし、河川の堤防はそうであっても、寄せては返す海の波や津波の怒涛には、はたして耐え得るものだろうか。
 またまた、難問にぶちあたる。 

 大自然に対して、性懲りもなくガチンコ勝負を挑むかのコンクリート防波堤の愚は論外として、やんわり受け流すカタチの土の堤防にしても、やはり二段構え、三段構えが必要なのではないか。

 そうして考えていくと、とどのつまりは、人の住み暮らす「命を守る」住居は、引くべきところまで引くのが賢い、ことになるのではないか。
 「此処より下に 家を建てるな」
 
 陸前高田のベルトコンベア「希望のかけはし」の向うに。
 2020TOKYOオリンピック開催のときまでに。
 明るい展望が開けてほしい。