どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

あの“フクシマ”原発爆発現場で指揮を執った元所長/故吉田昌郎さんの証言「吉田調書」を読んで…

-No.0369-
★2014年09月25日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 1295日
★オリンピック東京まで → 2129日




◆大企業“幹部”と過酷事故現場“責任者”、二つの顔

 最初に痛感したのは、吉田さんは福島第一原発の“所長”、やっぱり“幹部”の一人だった、ということ。
 新たに予測された大津波データをうけても、対策をとろうとはしなかった。
それほど重要とはとらえず、利潤を追求する“企業人の図太い貌〔かお〕”を見せている。
 まったく〈甘く〉考えていた。

 しかし、現実に原発が爆発、炉心溶融という非常事態に陥ったとき、彼の表情は、現場をあずかる“責任者”としての重い使命感にとってかわっていた。
 このギア・チェン…みごと。

 吉田さんは、よくいわれる〈不測の事態〉、はっきりえば“最悪のシナリオ”を脳裡に鮮明にして、「原発から半径250キロ圏内の住民避難」、さらには「東日本壊滅」まで覚悟している。

 “フクシマ”の250キロ圏といえば、首都圏を含む関東がすっぽり、東海の静岡あたりにまでおよぶ。
 そのとき彼は「死のうと思った」とも言っている。
 現場に直面した人の、覚悟の感想はオモイ。

 この〈半径250キロ圏内が危ない〉という表現は、たしかあのとき、すでにアメリカの関係筋から指摘されていたことでもある。

 …ということは、ニッポンの関係筋だけが知らなかったとは考えにくいから、やっぱり知ってはいて、しかし正直いえば「そんなことは考えたくもなかった」のであろう。
 (庶民ならそれでもヨカロウが、責任ある立場の人たちがそれではイケナイ)

 東電本店のエライさん(幹部)たちにしても、首相官邸筋にしても、きっとアタマにはそれしかなかった。
 そうして、たぶん吉田さんの頭もそうだったのだろうが、ただ彼だけは現場に居た。現場に居る者だけが「考えたくもない現実に」向きあわざるをえなかった。

 このように過酷な経験をした後であればこそ。
 少なくとも“原発の再稼働”にあたっては、“最悪のシナリオ”に基づく避難計画がなければならないのに…それさえも、いいかげんに放っておかれる。

 いや、じつをいえば、いいかげんにするもなにも、「どうにもしようがない」から「どうにもできない」のが現実なのダ。
 ボクはそのことを、下北半島東通原発青森県)にモシモのことがあったときの、大湊市民の避難路を実地に観察、報告している。
http://draft-scat.hatenablog.com/entry/2014/05/01/%E6%9D%B1%E9%80%9A%E5%8E%9F%E7%99%BA30%E3%82%AD%E3%83%AD%E5%9C%8F%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E9%81%BF%E9%9B%A3%E3%81%AB%E6%9C%80%E9%95%B771%E6%99%82%E9%96%93%EF%BC%8F_%E3%80%8A3.11%E3%80%8B2014

 (無理だな…)がいつわりのないところ、実感である。
 それは、いちばん避難路が有効に機能するかと思われる浜岡原発(静岡県)でもおなじ、全国どこの原発を見ても、似たり寄ったり。

 つまり、この狭小で急峻な、火山帯が走り、複雑なプレートの境界上に位置する“災害列島”国土の、ニッポンには原発立地など土台、無理な話。
 技術的にも科学的にも、制御困難な災いのもとを、持ち込もうとすること自体が無理無体なのだ。
 これまでに費やした厖大な国費(税金)と弊害が、「おやめなさい」といっている。

 ……………

 吉田さんは、根っこは直情型、短気な、頭の回転の早い、仕事のできるタイプの方であったとみえる。立場や目上への配慮はあっても、言うときはずけずけと遠慮がなかった。

 その吉田さんから「あの、おっさん」と呼ばれた菅直人元総理。
 “みっともないマネ”だけの印象がのこる「いら菅」さんは、いま「脱原発」の旗振り役のつもりでいるらしいのだけれども…。
 どうか、やめてほしい。
 アナタのせいで「脱原発」のイメージが曇り、勢いが殺がれる、ケチがつく。
 ただでさえヨタヨタの、民主党復活の日も遠くなるばかり。
 おとなしく引退する道だけが、アナタにとっても国民にとっても、唯一の避難路デス。

 ……………

 この夏、初めてすごした「原発電力ゼロ」の夏だったニッポン。
 ケッコー厳しい暑さに悲鳴をあげた覚えがある(恥ずかしながらクーラーに頼りきった日々だった)…のに、電力不足による停電はなく、電力使用率(電力会社が事前に予測し準備した供給力のうちから実際に使われた割合)が95%の「逼迫して厳しい」状況になったのは全国で2日だけだったという。

 “原発”の賛否は別として、“節電”の意識だけは、どうやら根づいた感がある。
 いいね、この余裕。
 「たまには停電があってもいい」くらいだよ…なぁ。