どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

“グレタ・ガーウィグ”タイプのヒロイン時代がきた/シャーリー・マクレーンの時代は遠くなったな…

-No.0366-
★2014年09月22日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1292日
★オリンピック東京まで → 2132日

*きょうは、昨年亡くした友の一周忌になる…黙祷*




◆『フランシス・ハ』に出逢った

 秋彼岸入りの20日、墓参に出かけた菩提寺で、彼岸花に出迎えられた。
 ボクら夫婦は、揃ってこの花が好き。
 しなやかに紅い色気もいいし、蕊の凛とした反り方も好ましい。
 「曼殊沙華」、山口百恵の歌唱では「まんじゅしゃか」。
 この花を見ると、娑婆っ気の恋しい秋、しみじみ。

 渋谷の巷に彷徨い出て、文化村に近いシアター、ユーロスペースで久しぶりに映画を観た。
 ノア・バームバック監督の『フランシス・ハ』。
 おかしなタイトルに魅かれるものがあったし、「ハンパなわたしで生きていく」というコマーシャル・コピーに、ちょと寄っかかりたいような気分もあった。

 出逢いというやつの不思議さは、いつだってこんな感じ。
 主演(兼協同脚本)のグレタ・ガーウィグが、大柄にもかかわらず可愛らしい。
 モダンバレー・ダンサーを志す青春卒業まぢかの主人公、フランシスの憎めない大雑把なニューヨーク生活が、コミカルにほろ苦くスクリーンを駆け抜けていく。

 アメリカンが好きなタイプのお話しのひとつ。
 「フランシス・ハ」なんて奇妙な名のワケが、主人公らしさをみごとに言いあてて(ハッハー!)だった。
 それに、ボクはもともと「はっ」という掛け声に感じやすいときている。
 だもの…相性はバッチリ。

 観終えたボクの脳裡に、シャーリー・マクレーンがほほ笑みかけてきた。
 こてこて美人やセクシー女優がもてはやされた時代にひとくぎりがついて、コケティッシュなかわいい女性が(そろそろワタシたちの出番ネ)となったアノころも、すでに遠くなっていた。
 グレタ・ガーウィグ演じる一見「悲モテ」系のなにげなさが、これからのヒロイン像なのかも知れない、気がしてきた。

(愛とは、たがいに見つめあうことではなく、並んでおなじ希望を見つめることだ-サン=テグジュペリ…だったかナ)