どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

じわじわっとカニちゃん海から消えていく…

★2013年11月16日(土曜日)
★《3.11》フクシマから →  982日
★オリンピック東京まで → 2442日



 蟹のシーズン(6日解禁)になったばかり(ボクなんかまだ今シーズンは一度も味わっていない、香りさえ嗅いでもいない)というのに、早々と漁期短縮のニュース。21年ぶりのことだという。

 日本海の冬の味覚ズワイガニ、雌の「香箱(こうばこ)ガニ」の漁は翌年1月10日までが通例だけれど、今季は12月29日(市場の年内最終取引日)までになる。

 いうまでもなく、資源の減少による保護のためだ。漁業者団体の自主規制である。
 そうだろう、よくここまで保ったものだとボクは思う。状況はかなり深刻なはずで、1年で回復は無理ではないか。しばらくはカニちゃんと舌で会うまい。

 かつて地元では、立派な雄のズワイガニなど来客のもてなしか贈答用、あるいは観光客が買っていくもので、家庭での惣菜用には雌の、名も優雅で小ぶりな「香箱」を食べていた。
 香箱ガニは、雄に比べればずっとずっと小ぶりでも、味わいではけっしてひけをとらなかった。
 
 そもそもが、喰いすぎである、食い気の煽りすぎだ。
 エビにしてもカニにしても、皆で寄ってたかって高級品にしちまいやがった。もちっと大人しく控えめにしときゃ、こんなことにゃならなかったんだゼ。

 水産庁が毎年の調査をもとに、各県への割当などを決めているズワイガニ資源量、富山県以西の海域での推定生息数は、ここ10年のピーク時(07年)のおよそ3万5000トンから、今年は1万5000トンほどに半減しているという。

 これをうけて国は沿岸1府6県に資源回復を要請。
 資源を保護・回復するとなれば、これはいうまでもなく卵を産む雌が頼りだから、一方的にこちらをだいじ(雄の漁期は例年どおり3月20日まで)にしようという、どうにも、いつもながら身勝手な人間の仕業、あきれるばかりだ。

 しかし、思えば感慨ひとしおでもある。
 なにがって…自主規制というのがさ。
 つい20世紀末の頃までは、資源がどうのこうのなんか知るもんか、獲れるだけ獲る、誰より早くたくさん獲るのが漁師の誉れだった。自主規制なんぞ獲れない奴の負け惜しみか、やっかみだろうくらいにしか思われなかった。

 その時代にぼくは能登の浜で、イカ釣り針用の電池を仕事着のポケットに仕舞って帰港するイカ漁師を訪ねたことがある。その頃からイカ漁は、集魚灯の明るさで漁獲を競うようになっていた。
 彼は「海を汚すことは天に唾することだ」という信念の、当時の浜ではまったく珍しい、ほかから見れば変わり者の漁師だった。なぜならイカ漁師の誰もがなんの疑問も抱かずに、平気で交換した仕掛けの電池をぽいぽい海へ抛り捨てていたのだから。

 ほかの漁も漁師たちも、似たような状況であった。
 思えば隔世の感があり、見方を変えればいまの海は、そして漁は、自主規制しなければならないほどに衰えてしまった。
 馬鹿げたことだ。

 そうして無茶な漁師が獲り集めた魚を、ワケもわからずに貪り喰うこれまた無茶な連中が群れをなして、遠い外国の海の幸まで喰い尽くそうという勢い。
 恥ずべきことだ。

 いいのだ…と内心の口惜しさ忍んでぼくは唇を噛む。
 オレは、思いだすだけで舌がまったり、いいときの蟹の極いいところをしっかり味わい尽くしているのだからな。
 だい好きな日本海が遠くなることだけは避けるようにして、じっと我慢の子でいこうか。

*写真は、愛らしくも美味なる香箱ガニ、茹でてもオツな味わいだけれど、汁にしてこそ美妙な真価を発揮する*