どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

世俗にちかければ傷みもする

★2013年11月15日(金曜日)
★《3.11》フクシマから →  981日
★オリンピック東京まで → 2443日

*“2020TOKYO”の開催準備にむけて、国際オリンピック委員会事務局による「オリエンテーションセミナー」とやらが始まった。今後7年間の手順とか、大会成功ためのポイント伝授が目的だそうだが。必要不可欠というより「恒例のセレモニー」といったふんいき…ではあるけれど(まぁいいか)ですかな*









◆〈内宮…右、外宮…左〉側通行の意図

 内宮から外宮へ、逆めぐりの参拝になるともうひとつ、ちぐはぐなことが生じる。
 “お伊勢さん”の門前町とでもいうのだろうか、参宮後の休息遊興街、内宮に隣接する“おはらい町”“おかげ横丁”歩きが、精進潔斎のあいだに挟まってしまうのだ。
 
 なに、外宮にお参りをすませてから遊びに戻ってくればいいさ。
 伊勢の町中に宿るのであればその通り、それでいいのだろうけれども、こちら“舟参宮”でふたたび伊良湖へと海を渡り帰る身にはつらい。

 お赦しをねがって、1キロはあるという“おはらい町”を半分くらいまでと“おかげ横丁”をそぞろ歩く。
 すでにお話したとおり駐車場が満杯の盛況なので、通りに人があふれる街歩きも楽ではない。
 各地それぞれに名のある社寺の縁日・祭礼ともなれは、きまってどっと人が繰り出すものだが、それがほとんど毎日ひっきりなしとなると、やっぱり桁がはずれている。浅草寺仲見世の賑わいもおよぶものではない。
 「赤福」はすっかり人気をとりもどしていた。
 昼どきだったが、席待ちの行列を見てパス、バス停へ。

 内宮から外宮までは、歩いても1時間ほど。
 なれど、この先の行程とかかる時間をざっと計算してみると、伊良湖に着いたら日が暮れている。
 旅路の冬の陽みじかく、フリーパスのバスで往く。

 外宮は伊勢の街のほとり、JR伊勢市駅と近鉄宇治山田駅からもほど近い。
 そのせいもあろうか内宮ほどの厳粛感はなく、どこかしらん親しげな空気さえただようように想える。
 太陽神の天照大神(内宮)に対して衣食住守護の豊受大御神を祀る格の違いは、あるいは天皇と皇太子ほどの差にあたるのかも知れない。

 遷宮の方式も内宮と同じく、ただ、役割をおえた旧正宮建物の傷み方が目に見えて明らかに違い、外宮にきてはじめて遷宮の必要を実感する。
 社務所の方に伺うと、「はい排気ガスなど空気の汚れとか湿気とか…いろいろ(内宮との違いが)あるようでございますね」ということだった。
 
 境内の落葉を掃き集める人がいる。
 その手に握られた特徴のある竹箒を見て、ぼく、にんまり。声をかけて、仔細に見せていただく。
 前から気になっていた道具のひとつで、じつはつい先日も東京の明治神宮で見かけてきたばかりだった。
 しかし、働きの道具はいうまでもなく働いているときにこそ、その真骨頂が現れるのでつい見惚れてしまう。見惚れて訊ねるきっかけを失ってきた。
 ふつう庭や通り道を掃くのに使う竹箒は、ざっと丸く束ねられただけのものだが、大きな神社境内で専用される竹箒は、半分そいで先を広げた格好にきちんと特製されている。この特製竹箒で掃くと玉砂利には障りなく、たくさんの落葉が軽々と集められていくのだ。
 (世の中には変わった趣味の人がいるもんだナ)といった表情で、満更でもない庭男の顔がほころぶ。なんとはなしに、そうさせる雰囲気が外宮にはあるようだった。

 もうひとつ、参拝の折にふと気づいたことを守衛さんに訊ねた。
 なぜか、内宮では右側通行の順路だったのが、外宮では左側になっていたからである。ひょっとしてこれも社格の違いか…などと想ったりもしたが。
 「いえ、これは手水舎の位置によりましてね、お参りする方々の流れがいいようにしたものです。内宮は右に手水舎がありますけど、外宮は左ですから。はい、なにごとも世のため人のため、そういうことでございますね」
 たいへんそつのない、鄭重な笑顔と応えに送られて外宮を辞去。

 社前の町でやっと、名物の「伊勢うどん」…たまり醤油味のぶっかけ…を食べて帰途についた。
 
 
*写真、(上左)は外宮・正殿、(上右)は傷みがめだつ外宮・旧正殿、(下左)は伊勢神宮境内を掃き浄める特製の竹箒、(下右)は大勢の人出で賑わう“おはらい町”*