どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

かなしい“物心両面の支援”

★2013年11月10日(日曜日)
★《3.11》フクシマから →  976日
★オリンピック東京まで → 2448日

*今年は11月4日に“木枯らし1号”、そして昨日の寒気、今日の荒れ模様。明日からはいよいよ本格的な寒気に見舞われるという予報。厳しい冬になりそうな予感*
*9月22日(日)、この“カウントダウン”をスタートさせた同じ日に、友の訃報があったのだった。あれから…もう49日になる。葬儀は「無宗教葬」ということだった。近ごろは多いかたちだけれど、どこかしら頼りない感じがつきまとう。(四十九日もない…ことになるのか…)。ぼくらの大学はミッションだったが、ほとんど関係なしだった。ボクは高校が仏教校だったから、みずから「宗教的無節操」を名のることで信教とは別の境地に、神仏の在り処は宇宙におきかえて考えようとしてきた*
*彼の墓はどうなるのか…、のちのちの供養はどうしていくのか…。ひるがえって自分の辞世を想う。ぼくは、かたちはどうあれ密葬がよく、散骨がふさわしいと考えている。…がしかし、なるようになることでしかない、だろう。友の場合、望みは「家族葬」であったという*

 “山津波”災害の、伊豆大島が哀しい。
 被災直後のいちばん大事なときに、せっかくの豊かな数量の救援物資が、避難所以外の人々のところには届いていなかった…という。罹災証明書が発行されてから…では、いまごろになってからでは「もういらん」ことになる。
 気もちもモノも、もったいない。
 早め早めの対策にしくじり、その負い目をひきずったまま、できる手あての手もとどかない。
 現地に駆けつけたボランティアたちにもきっと、歯がゆい想いをさせていることだろう。
 《3.11》の教訓が生かされていない……やっぱり他所ごとにすぎなかったのか……。