どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記23>-陸前高田①-高田松原・大防潮堤

-No.2005-
★2018年03月19日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2931日
★ オリンピックTOKYOまで →  493日
★旧暦2月13日、十三夜の月
(月齢12.8、月出15:43、月没04:37)








◆防潮堤の真実を見る…高田松原

 気仙沼から国道45号が唐桑半島をすぎ、只越峠をトンネルで抜けて下りにかかる…と。
 見えてくる海は、岩手県になる。
 向こう岸は広田半島で、その間は広田湾の大きな入江。
 陸前高田の名勝「高田松原」は、そのどん詰まりに広がっていた。

 東日本大震災の大津波は、唐桑半島と広田半島との間を、ほとんどドンピシャの角度、すなわち東南東から西北西に向けて押し寄せ、引き返したものであろう、湾奥の海浜を絶滅させた。

 広田湾の西側には、気仙川が流入する。
 震災・大津波の後、国道の下りがその河口に近づくと…風景が牙を剥いた。
 河口の気仙大橋を前に、車内は息を呑み、ドライバーはひきつった面持ちでハンドルを掴み絞め。
 橋の右手奥の岸に、唯一のこされた「奇跡の一本松」を見る……

 が、風景に気をとられたり、もたもたしている暇はない。
 災害支援の、泥まみれのトラック群に挟まれ、引きずられるように走らされて、しばらく走ってからようやく左折(陸側へ)のウィンカーを出すよゆうを得るのだった。
 
 この間
 広田湾の海を、ぼくはほとんど見ていない(というより見た記憶がのこっていない)。

  ……………

 そうして…しばらくして…気がつけば、<復興>と<再生>に向けたダイナミックなうごきのなかに、松原の海岸線には<休演中>の幕が引かれ、海はすぐ目の前から消えた。
 広田湾の海の存在を知るには、現在の役場がある高台に上がるか、あるいは広田半島の方へ回りこむか。

 超大な防潮堤というのは、そういう意味をもつものであった。
 「海を人の視界から消す(見えなくする)」ということが、ジツはどういうことなのか?
 〝異次元〟への扉を開くことになるのか、それとも〝牢獄効果〟をもたらすだけのことなのか…は、このさき復興後に経てゆく歳月をふくめて、もっともっと深く考察されていい。

 東北の沿岸各地で、東日本大震災による大津波被災のその後を見てきたボクたちだが、ここ「高田松原」の防潮堤ほど雄弁に、明瞭に、ヒトと海の関りはどうあるべきなのかを物語る構造物はなかった。

 高さ12.5m。
 それは、ナルホドこの高さがなければ大津波を防ぎきれないだろう、地理的条件を充分すぎるほどにナットクさせながら、なお、至近に立って見上げると絶望的な高さ。
 まさに、<此の向こうに海無きが如し>。

 そこから、(かつてあった)松原の全貌を視界におさめられる辺りまで陸側に移動してはじめて、やっと<海は海として眺められる>ようになる。

  ……………

 《11.3.11》被災地行脚をつづけながら、ボクが確信するにいたったのは……

 【①沿岸における人間の居住限界は、充分な高さと頑丈さを備えた防潮堤から、堤越しに親しく海が見える高さの位置まで下がること】である。

 【②それより海寄りで許される活動は、生産・遊学など、いつでも避難行動にうつれるものにかぎられ、未練な家屋を建ててはならない】ことになる。

 【③この究極の限界を知り、制限を守ることから、真の<国土強靭化>は達成され、その範囲でなら設備費にも無理がない】はずである。

 【④ほかの荒蕪地は、国境警備隊の守備範囲】とする。
 




ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.39~ 『ねことじいちゃん』

-No.2004-
★2018年03月18日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2930日
★ オリンピックTOKYOまで →  494日
★旧暦2月12日
(月齢11.8、月出14:31、月没03:50)


※一昨日、16日(土)は七十二候の「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」、つまり「青虫が羽化して紋白蝶になる」…でした。また2月1日からの積算最高気温は昨日17日(日)の段階で<543℃>になり、<開花600℃>にヒタヒタと近づいてきました。このぶんでいくと、春分の日(21日)の開花予想もグッと現実味をおびてきて。これまでの途中、何度かは(無理なんじゃないか!?)と思われたもんでしたが、季節の運びはホントよくしたもんですねぇ……








★「いいこだねぇ」★

 NHK・BSプレミアム『岩合光昭の世界ネコ歩き』で知られる動物写真家が、猫をダシに、役者衆を猫じゃらし、人間社会に猫パンチ喰らわせる<ねこ魅せ映画>を撮ってしまいました。
 (さすが…ネコにもまさる猫かぶり!)

 ちなみに、ぼくたち夫婦は、ネコが好き。
 といっても、じつは、ぼくの方は「生物博愛派」であります…が。
 かみさんの方は「猫偏愛派」に属し、その証拠に、イヌ年のくせに犬には吠えられてばっかし。

 ま…とまれ、昼(飯)のおともに『ネコ歩き』生活。
 岩合さん口癖の「いいこだねぇ」に、感染しまくって、癒されてます。

  ……………

 旅好きゆえ、いま現在、家に飼い猫はいませんが。
 かつては、親子4匹に押しかけ居候2匹をくわえて6匹も、わが家に同居していたことがありまして。
 いずれも超個性的な、うち1匹の「あん(兄)ちゃん」なんか、カーテンにオシッコかけるの大好きという曲者ニャン。これには日頃、じつは手を焼いていましたのだ…けれど。

 ある冬、親戚の小父さん来客。
 この人が、いいヒトなんですが、ちょと気難しいのがマイッタ方。
 炬燵に入ろうとして…クンクン、傍に垂れたカーテンの裾の臭いを嗅ぐや、そそくさとお引き取りくださって、ぼくたち大助かり。
 「あんちゃん」は後で、熱い抱擁のお褒めにあずかったのでした…っけが。

  ……………

 その、いまは亡い「あんちゃん」似のオス猫が、岩合光昭監督『ねことじいちゃん』の主演ねこ。

 役名は「たま」ですが、本名?は「ベーコン」とやら。
 岩合さん好みの、シブい、存在感たっぷりのオス猫、雑誌の映画紹介記事のプロフィール写真を見て、ぼくたちもゾッコン。即、切り抜いて壁飾りです。

  ……………

 映画の公開が「2月22日」、ニャン・ニャンニャンの「猫の日」なんて、ね。
 (さすがに、こっ恥ずかしくって…)
 ぼくたちは3月に入ってから、観に行ってきました。

 監督からして、タイトルからしても、この映画に「あらすじ」の紹介は無用と思いますが。
 ねこまき(ミューズワーク)氏の原作コミックあり、舞台は愛知県の三河湾に浮かぶ「アートと猫の島」佐久島。出演は、プロの俳優ネコ33匹に素人ネコ1匹に島ネコ1匹の計35匹。
 
 脇をかためるヒト俳優は、立川志の輔を軸に、柴咲コウ小林薫、田中裕子、柄本佑……。
 岩合さん得意の〝ねこ目線〟ローアングル撮影と、「ゆったりしたネコ時間の流れ」にあわせたスローなテンポが、やがて観る人を「ふぁ~っ」と〝寝子眠り〟に誘う、という仕掛け。

  ……………

 ぼくは、そのうちに、肝心な眠気はどこへやら。
 岩合流ネコ時間マジックについて…いつのまにか深く、深~く考えてしまっていました。
 
 ぼくら、テレビ時代の一世代前、映画世代に属する者は。
 ずっと映画特有の、コテコテに映画的な仕掛けいっぱい、コテコテに映画っぽい演技のスター俳優を見せられれつづけてきたわけですが。
 気がついてみれば、いまや、それでもさらに欲求不満のキラキラ「カモ~ン」症候群に、草臥れ果てているんじゃないだろか。 

 (ほんとは、さぁ…)たまには、ただの「塩むすび(おにぎり)」が喰いたかったんだよ、ねぇ。
 ……ってのと、チガウかぃ。
 水で顔、洗っておいでょ。
 むずかしいカッコつけなくたって、「人間も猫も自然の一部」じゃん。

  ……………

 観終わって、この映画。
 「やっぱり…ネコ歩き…よね」と、かみさん。
 「そうじゃないんじゃない、人間社会にネコ時間を感染させたかったんだと思うなぁ」と、ぼく。
 あなた、どっちだと思われます……

ねことじいちゃん 映画版 (角川つばさ文庫)

ねことじいちゃん 映画版 (角川つばさ文庫)

写真集「ねことじいちゃん」

写真集「ねことじいちゃん」

3月17日(日)/「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2003-
★2018年03月17日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2929日
★ オリンピックTOKYOまで →  495日
★旧暦2月11日、満月へ4日
(月齢17.8、月出21:31、月没07:48)


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2002-
★2018年03月16日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2928日
★ オリンピックTOKYOまで →  496日
★旧暦2月10日、満月へ5日
(月齢9.8、月出12:17、月没02:01)


「豊洲」……市場はどなっていくのだろう!? /  新しい空間の誕生にはチガイない…けれど

-No.2001-
★2018年03月15日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2927日
★ オリンピックTOKYOまで →  497日
★旧暦2月9日
(月齢8.8、月出11:19、月没01:01)



















◆フォト・エッセイふうに

 昨年秋10月、「築地市場」の閉場を見届けて(記事は-No.1945-1月18日付け)から、2ヶ月ほど後の師走12月になって。
blog.hatena.ne.jp
 昨年のうちに、なんとか新しい「豊洲市場」のいま現在も見ておくことができた。

 その様子を手短に、フォト・エッセイふうに見ていただこう、と思う。
 手短に…のわけは、まだよくわからないことばかり、だから。
 
 正直なところ、「豊洲」がこれからどんなふうになっていくのか、とても予測しきれない。
 言えるのは、ただひとつ、これから日々の積みかさねの、その先に、いずれ遠からず、将来像が〝あぶりだされ〟てくるにちがいない、それだけだ。

◆都バス「市01」で行く

 築地市場への便利に生まれた都バス、都内最短路線は、走行距離を伸ばして豊洲まで行くことになった。
 新橋駅を出て、築地市場の跡を通って行く。

 場内は閉め切られて建物の解体が進んでいる…が、場外の方にはかなりの人だかり、それも外人観光客の姿が目立つ。
 人は〝市場〟に〝猥雑さ〟をもとめる…というのがぼくの持論だけれど、この光景はまさにそれを裏書きしている。

 勝鬨橋を渡り、晴海通りから豊洲埠頭へ。
 朝方、市場関係者が多数利用する時間帯、バスは仲卸棟前にも停まるが、昼間は卸売棟前に終着する。

◆ここは「市場博物館」

 その日はウィークデーだったが、かなりの人出が物見高さをくっきりと証明。
 「ゆりかもめ」市場前駅からの連絡橋に出てみると、ひっきりなしの見物客の往来に、案内係が懸命に応対していた。

 ただ、よく見ると、ここでは外人観光客よりも日本人の方が多い。
 「築地」に替わる「豊洲」の中央市場がどんな具合か、確かめに来た感じ。
 その目の色が、<驚き>と<戸惑い>半々と見てとれる。

 水産卸売棟と仲卸棟を見てまわった(青果棟までは行けなかった…ほどにデカい)のだけれど。
 そこはすべて、オフィスビルかマンションと変わらず。
 新築ビルの匂いが、そこここにのこっている。

 卸売棟の競り場や荷捌き所や飲食店、仲卸棟の売り場など、いずれも<ガラスケース>に納まった印象で、懇切丁寧に設置された案内板や説明図画、ターレに乗って記念撮影ができるコーナーなど、どこか、かつての<市場>とは異質。
 
 近ごろは、各地の漁港や道の駅などに見られる誘客の仕掛け…にしても、(そこはしっかりカネをかけてあります)巨大都市TOKYOの豊かな懐具合を誇示している。

 ようするに、ここは「博物館」なのダ。
 ということに、ボクは思いいたる。

 それも…これも近ごろ定番。
 <バックヤード見学ツアー付き>というやつを、思いおこさせる。
 将来の<市場>像は、このように、否応なく「ダイニング・キッチン」化していくのかも
知れない。

 ここまで、どこにも<魚臭>はなかった。

◆なにもかもが<公園のなか>で…

 仲卸棟の屋上に上がると、芝生のガーデン(園地)が広がって、その向こうには晴海のオリンピック選手村、懸命の工事をいそいでいるのが望める。
 道を跨いで向こう側のエレベーターで下ると、晴海運河に沿った親水公園。
 絵に描いたようなウォーター・フロントを、ウォーカーやマラソン・マン、サイクリストが行き、ベンチにはピクニックランチ・タイムの姿も見られる。

 一帯はいま、皇居外周にかわる人気のランニング・コースになりつうあるそうで、なるほど…イイかも知れない爽やかさが吹く風に感じられた。
 
 すべてが公園化された、ここには、<毎日が休日>みたいな空気がただよう。
 しかし、生もの(生鮮)を扱いながら、ここにあるのは疑似の自然。
 自然を忘れさせる仕掛けが支配する……

 「水神社は…どこ?」
 ぼくは、ガイドのおじさんに訊ねてみる。
 (ひょっとすると知らなかったりするかも…)と思ったが、さにあらず、きちんと所在を教えてくれた。

 「築地」の場内に、手厚く祀られ崇敬されてきた水神社は、豊洲遷座されて、社〔やしろ〕は仲卸棟の裏手にあった。
 別に、神さまは陽あたりのいいとこに祀られるべし…とは思わない、けれども、駐車ビルの背後という社地は感心しない。

 市場に働く人、幾人かに話を聞いたが。
 建物が車道で分断されていたり、配管類や設備がお上品にすぎたり。
「馴れてくしかない…けどね」
 けっして、<プロの使い勝手>にはできていない、という。
 
 ここ「豊洲」に、はじめっから横たわっている「環境」面の不安も、きれいさっぱり解消されたわけではない、から。
 都の関係者は、(どうか大きな問題がおきませんように)祈りたい気分で日々をすごしているのかも知れない……
  
]











ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.38~ 『デザインあ』と『ミミクリーズ』

-No.2000-
★2018年03月14日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2926日
★ オリンピックTOKYOまで →  498日
★旧暦2月8日、上弦の月
(月齢7.8、月出10:28、月没....:....)


※おかげさまで、このブログも2000回をかぞえることができました。正直、書く方もよくつづいた…感じですが、お読みくださる方々もアリガタイ、ゴクロウさまなこと、ここに深謝して、これからもヨロシクお頼み申します。






★愛情たっぷり…子ども向け番組★

 子宝に恵まれなかったボクん家。
 テレビの<子ども向け番組>には縁がなくすぎた。
 
 それでも、前にお話したとおり、本は<子どもむけ>に編・著されたものを、読むように努めている、<子どもに学ぶ>ために。

 しかし……
 もっぱらニュースとBS番組が主のテレビ視聴となると、ふだんはまるっきり、<お子さま>筋とはお目にかかれない。

 それが、つい最近、BSの再放送でNHKの<子ども番組>に出逢って。
 目を瞠り、瞠った目からウロコが剥がれた…けっして大袈裟じゃなしに。

 ひとつは、『デザインあ』。
 タイトルどおり、身のまわりのアレコレをデザイン視点で見つめなおし、そのオモシロさを伝え、「デザイン的な見方と感性を育む」のが狙い、というもの。
 (「あ」は五十音の頭文字から〝入り口〟の思い入れだろう)
 これが、てんで子どもだましでもなければ、ハンパでもない。

 グラフィックとインターフェース、それぞれのデザイナーとミュージシャンとが、先端の技術と智慧をしぼって(時間とカネがかかってるんだよなぁ)仕立て上げた極上の番組は、 ズバッと革新的だし、(おとな向けにこんな贅沢な番組づくりがあっただろうか…)と天を仰ぎたくなるほどだった。

 (ほんとにぃ…?)なんて、お疑いのアナタ。
 それこそ騙されたと思って、いちど、観てご覧なさいナ。
 2011年春から始まった放送は、Eテレ(教育テレビ)土曜朝7:00~7:15分。

 もうひとつは、『ミミクリーズ』。
 同じ子ども向け番組といっても、こっちは3歳~7歳児が対象というから、『デザインあ』より幼児向けといっていい、けれど、内容はこちらもコリコリに凝ってる。

 「ミミクリー(mimicry=英語)」は「似ているもの」ということで、自然界の似たものを見くらべて知的好奇心に訴えかけ、観察眼や想像力さらには科学的な考え方を、オモシロく育もうとする。
 内外かずかずの放送賞を獲得している、スグレモノ。

 2015年春から始まった放送は、Eテレ(教育テレビ)月曜夕方17:35~17:45分。

 どちらも、なるほど語り口やテンポは子ども向きにできてる、けれども、内容や切り口は大人どもの感性にもズビズバ鋭く切りこんでくる。
 イヤ……大人の方が頭が硬くなっているぶん、子どもたちより受ける衝撃は大きいかも知れないのダ。
 事物の名称なども、「子どもにはわかるまい」などといった憶測は皆無。堂々と専門用語もそのままに、隠しだてない真実を登場させて感性に訴えかける。

 一例をあげれば、たとえば。
 「ボロノイ図」なんて名がポロッとでてきて、文科系のボクなんぞは(???…)いきなりアタマをど突かれた気分。あわてて、後で調べても、よくはワカランかったんですが……

 要は、上掲右図のようなもの。
 ごくごく初歩的に噛み砕いていえば、「平面に配置されたいくつかの母点(上図の黒点)が、それぞれ、どの点にもっとも近いかでニ分割される線によってできる図(コレでよかろかネ…)」、「ふつうのボロノイ図では母点数と領域数は同じくなり」、「母点に規則性をもたせると美しい図形が生まれる」。

 このボロノイ図は、「学校の校区の設定」とか「新しくつくる基地局の指標を得るとき」とか、あるいはまた「動物の行動(勢力)範囲を割り出すとき」などに使われている、という。

 どうデス、これが<子ども向け>番組のコンセプトですよ。
 マイッタでしょ、観てみたくなったでしょ!
 BRプレミアムでの放送は、木曜日の11:15~11:40。
 『デザインあ』と『ミミクリーズ』がまとめて観られます。

 録画しておいて、寝る前に観るといいと思います。
 ほっこり…しますよ!

つけ加えておきたい……きのうのつづき/     マラソンにはサプライズもつきもの

-No.1999-
★2018年03月13日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2925日
★ オリンピックTOKYOまで →  499日
★旧暦2月7日、弓張月・上弦へ1日
(月齢6.8、月出09:45、月没23:59)


◆途中トイレに駆け込みながらもダントツ優勝した男

 きのう、秋のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)レース男子の注目選手として、まず大迫傑くんと服部勇馬くんをあげておいた。

 ……が、待てよ……
 (外国の選手だけれども)
 ひとりヒョイと想い出したサプライズ・ランナーがあった。

 フランク・ショーター。
 1972年ミュンヘンオリンピックのマラソンで、アメリカに64年ぶりの金メダルをもたらした男。
 といっても、もう、よほどのマラソン・ファンでもないと、知る人は少ないかも知れない。

 では…いったい、どんなランナーだったのか。そう、
 彼は(あろうことか)レース途中でコースから抜け出してトイレをすませ、20秒ほどロスの後……
 いや、これじゃまるで実感から遠い。
 このレースをテレビ観戦していたボクの、オドロキをそのままに表現してみよう。
 
 ショーターは1973年の毎日マラソン(現在のびわ湖毎日マラソン)、スタートからしばらく走ったと思ったら、不意にコース外へと抜け出し。
 「どうしたんでしょう」と実況アナも訝〔いぶか〕った。

 このとき、急に便意をもよおした彼は、ナンと沿道の観客数人から応援の小旗(主催の毎日新聞社が配布したもの)をひきちぎって、消防署裏の草むらへ一目散。
 「キジうち(しゃがむ格好から、大便の隠語)」をすませると、なにくわぬ顔でレースに復帰。

 その結果は、圧倒的な独走で。
 大会新記録(しかも、このときの記録はその後12年間も破られなかった)の勝利であった!

 しかも、後で知れたのは、彼は前にも同じ経験(キジうちをして優勝)をしていたこと。
 なんてヤツだ! そのうえ〝涼しい顔〟の似合うイケメンときてる。

  …………

 異色のランナーは、ドイツ・ミュンヘン生まれのニューヨーク育ち。10人兄弟の苦学生で、フロリダ大学では法科大学院の法律専攻。
 5000m、10000mのトラック長距離ランナー(全米チャンピオン)からマラソンに進み、71年の国際マラソン(現在の福岡国際マラソン)を2時間12分50秒4の好記録で優勝、その後は4連覇。
 翌72年のミュンヘン・オリンピックなど、主要なレースで優勝をかさね、「マラソンにトラックのスピードをもちこんだ男」といわれた。

 アベベ・ビキラ(エチオピア)以来のマラソン2連覇が期待された76年モントリオール・オリンピックでは惜しくも銀メダル。また、スピード・ランナーの称号ともされる「サブ・テン(2時間10分以内)」の記録は達成できず(自己記録は10分30秒だった)に、現役を引退。

 その後は、マラソンの指導書を執筆したり、スポーツウエア会社を設立したりと、現在の<自立した>アスリートの歩みを先どりした選手でもあった。

 ……………

 彼を想い出したウラには、日本にも異色といっていいランナーがいたからだ。

設楽悠太くんは暑いなか走るのは好きじゃない…という

 MGCレースに名のりをあげた選手のなかで、(ショーターとはタイプからしてぜんぜん別ながら)〝異色〟で際立っているのは、設楽悠太くん(東洋大からホンダ)。

 大迫傑くんと2人揃って、日本記録報奨金1億円をゲットした一流選手だが、〝求道的〟ともいうべきストイックさを滲ませる大迫くんとは対照的に、「なにを考えているのかワカラナイところがある」と瀬古利彦ラソン強化プロジェクトマネージャーの首をひねらせた男は、彼くらいのものだろう。

 彼自身としては、それが自然体なのだろう、が。
 大会中の〝暑さ〟対策がキーワードになっている2020TOKYOオリンピック、マラソンの代表候補でありながら、「暑いなかで走るのは正直、好きじゃない」と平然と言ってのける度胸はフシギもの。

 サプライズがつきものの、4年に一度の、強いものが勝つとはかぎらないオリンピック、なにごとも独特の祭典のことを想うと、彼のようなランナーにこそ相応しい…と言えなくもない。
 しかも彼は、そのいっぽうで、大迫傑くんをきっちりライバルに位置づけてもいるのダ。 

◆これで男子の注目選手は、大迫・服部・設楽の3人か

 いや…待ってもらいたい。
 ただの<代表予想>ではない、このブログが目指すのは、あくまでも<競技と選手のお噺>。
 せっかくの日本開催、オリンピックを愉しむのに、欠くことのできない選手が、もう一人いた。

 そう、川内優輝くん(学習院大から埼玉県庁)だ。
 これまでにマラソンを92回も走ってきた、それだけでもスゴイうえに、もうひとつ。
 彼の、後半になると苦しさに顔を歪ませ、懸命に首を振ってガンバりもがくスタイルは、伝統的に、日本の「じつは強い」選手の条件みたいなものではなかったか。
 君原健二(1968 メキシコシティー・オリンピック、マラソン銀メダリスト)しかり、谷口浩美(1991東京・世界陸上男子マラソン金メダリスト)しかり……

 あの〝ネバリ〟の走りこそ、大舞台で、まんがいちの荒れた展開になったときには、強味を発揮してくれるはずである。

 しかし、ザンネン。
 この4月からは、これまでの公務員からプロ・ランナーになる決意の彼は、5月に女子長距離の水口侑子さんと結婚。自身が目標とするのは世界選手権(ドーハ)マラソンの代表であることから、東京オリンピックのMGCレースは回避する意向だ、という。

 惜しい…が。
 それも選手それぞれの選択、ガンバってほしい。

 あとは、女子の代表枠3名だけれど。

鈴木亜由子に、福士加代子に…もう1人

 こちらの方は、ボクにはどうにも、〝混戦〟を抜け出してくれる〝目立ちたがり屋〟さんの気配が見えてこないで、コマっている。
 
 なかで、ボクの眼にキラッと映るのは。
 伸び盛りで伸びシロもありそうな鈴木亜由子日本郵政グループ、27歳)さん、と。
 もう1人は…やっぱり。
 福士加代子(ワコール、37歳)さん、か。

 どちらも、もう、若いとは言えない。

 とくに加代ちゃん(福士)の場合は、(ぼくも期待し、彼女自身にも自信があったはずの)前回リオのオリンピックで、夢破れてガックリを経験している。
 こんどの2020TOKYO、1月末の大阪国際女子マラソンで、前のめりにコケて途中棄権したときには正直(これで加代ちゃんもオワッタか…)と思わせたのだ、けれども。

 それが持ち味の「めげない加代ちゃん」、「みちのくの爆走娘」はそれから40日後、名古屋では存在感復活のリベンジ走りをして見せてくれた。

 とくにレース後のインタビューにこたえて、これまで一線を退かなかった理由を「まだマラソンをちゃんとつかめていない。自分で主導権を握ったことがない」から、と言っていたのがヨカッタ。
 まだ「マラソンの奥深さに魅了されている」かぎりはイケルだろう、(やってみようぜ加代ちゃん)である。

 さて、あと、もうひとりが(………むぅ……)。
 名前や顔つきがチラチラするばかりで、焦点が絞れない。
 
 選手たち、みんなこれから、目の色変えて鍛錬に励むことでしょうし。
 この秋9月15日、MGCレースの前には、もういちど、この話しをしたいと思っていますので。
 それまで、もうしばらく、お時間くださいな。

  

 
 

男子・女子それぞれのMGC資格獲得レースをおえて/ アフリカ勢の強さをケニア選手に学んでおきたい

-No.1998-
★2018年03月12日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2924日
★ オリンピックTOKYOまで →  500日
★旧暦2月6日、上弦へ2日
(月齢5.8、月出09:06、月没22:57)


※昨日11日(旧暦二月五日)は、七十二候の「桃始笑(桃はじめて咲く)」。天気はざんねんながら荒れ気味でしたが、「春の予感の嵐」だったのかも。


 


◆2020TOKYOまで500日

 一昨日10日は、ぼくにとって忙〔せわ〕しい日だった。
 あれから8年目の《11.3.11》関連番組の放映がいろいろあった一方で、来夏の東京オリンピック代表選手を決めるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)レースへの出場権をかけて、国内最後の対象レ-スが男子&女子のダブル開催されたからだ。

 日本で人気の陸上競技ラソン、「ぜひメダルをとって欲しい」願いから生まれたMGC制度、それはそれで素晴らしいこと、なのだけれども。げんじつ、こんどの東京オリンピックでのメダル奪取はアブナイ…そんな気配が濃厚なことは、このブログの2月8日記事『氷雨・低温に泣いた2019東京マラソン/ヤバイぜ……ニッポン・マラソン』でふれたばかり。

 では、その直後の2レースは、どうだったか。

  ……………

 まず、
 女子の名古屋ウィメンズマラソン
 朝9時すぎにスタート。

 天気は曇りで、暑くも寒くもない適当な気温の好条件。
 レースの途中から降り出した雨も、冷たいものではなくてすんで影響は少なく。ついでに、ペースメーカーの〝誘導〟も東京にくらべると安定して、信頼感があった。

 ただレースは、いつものとおり、後半に入ってペースメーカーがはずれた30kmすぎ、スピードアップして抜け出すアフリカ勢に、日本選手はついていけない。

 【結果】
 1位へラリア・ジョハネス(ナミビア)2時間22分25秒。ちなみにこれは、ペースメーカーに設定された目標タイムにピッタリ・フィット。
 以下、2位から4位までケニアエチオピアのアフリカ勢。

 【日本人トップ】
 5位の岩出玲亜アンダーアーマー)で2時間23分52秒(彼女はすでにMGC出場権を獲得している実力者)。
 新たに【MGC出場権を獲得】したのは
  8位福士加代子(ワコール)2時間24分9秒
  9位上原美幸(第一生命)2時間24分19秒
 10位前田彩里ダイハツ)2時間25分25秒
 11位谷本観月(天満屋)2時間25分28秒
 12位池満綾乃(鹿児島銀行)2時間26分7秒
 これで、女子のMGCレース出場資格獲得選手は14人、やっと、なんとかカッコウがついた、感じ。

  ……………

 つぎに
 男子のびわ湖毎日マラソン
 スタ-トは、昼12時すぎ。

 こちらは始めから雨、体感も名古屋の女子のレースより寒かったようだ。
 そのせいか(どうか…一部、後述する選手を除いて)外国勢に挑むほどの選手は現れないままにおわり、成績でも名古屋の女子を下まわる結果にすぎなかった。

 【結果】
 1位サラエディーン・ブナスル(モロッコ)2時間7分52秒
 以下、2位から6位までがアフリカ・西アジア勢。
 【日本人トップ】
 7位山本憲二(マツダ)2時間8分42秒
 つづいて
 8位川内優輝(埼玉県庁)2時間9分21秒
 以上の2人は、すでにMGC出場権を獲得している実力者。
 とくに7位の山本くんは、後半30kmすぎ、一度はトップグループの先頭に立ってリードするなど外国勢に対抗する姿勢を見せたことは高評価に値する。

 新たに【MGC出場権を獲得】したのは
 10位山本浩之コニカミノルタ)2時間10分33秒
 11位河合代二(トーエネック)2時間10分50秒
 の2人だけ…は寂しいかぎり。
 
 ちなみに、男子のMGCレース出場資格獲得選手は30人と、数はなんとか揃ったものの、ワクワク感からはほど遠く。
 チームとして、現時点(まだ外国で開催される対象レースがのこっている)では実業団長距離界の名門、旭化成から一人もMGC出場資格獲得選手が出ていないのも、気がかりなことだ。

 男子のレース後、瀬古利彦ラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、
「MGCレースが愉しみ」
 と語気をつよめたけれども、表情は笑っていなかった。

◆なぜ「日本人トップ」ばっかり、なのか…

 成績が「ものたりない」ばかりでなく、ぼくには日本人選手の覇気のなさに不満がある。
 ひとつには、報道のされ方。
 「日本人選手のトップは…」ばかりが強調され、世界レベルでのことが除外されてしまっている。

 まぁ、MGCという制度があり、まずは、その出場権を獲得するための条件として「日本人選手のなかで」と規定されている以上(やむをえない)のかも知れない…けれども、しかし、それにしてもダ。

 それが選手の意識にもすっかり浸透してしまったのか、(主にアフリカの)外国勢にひけをとらない、もっといえば彼らと対等にわたりあっていくだけの、気もちをもてない(のではないかとさえ思える)状況が、真実ヤバイと思う。

 ぼくは、このしばらく前に、NHKの再放送ドキュメンタリー(番組名は忘れた)で観た「ケニア選手のつよさの秘密」を分析する内容が忘れられない。
 以下に、想いだすままに、その概略をお伝えしておきたい。

◆なぜ、いまケニア勢には勢いがあるのか

 番組でレポーターをつてめていたのは、谷口浩美さん(日体大から旭化成、1991年東京開催の世界陸上 男子マラソン金メダリスト)。

 谷口さんが訪れたのはケニア、標高2800mの高地にある「リフトバレー」と呼ばれる長距離・マラソンのトレーニングセンター。
 そこでは、ケニア各地から選ばれた<育成選手>が合宿、鍛錬浸けの日々を送っている。
 
 まず、その<自然条件>。
 〇彼らが走力を鍛錬するのは、標高2,000~3,000mの高地である。が、そこは日本の高地のように寒くはない(寒さは筋肉を硬くするから、この自然条件は恵まれている)。
 〇酸素の少ない高地での運動は、心肺能力を高め強化することが知られている。そこで緩・急を繰り返すサーキット・トレーニングに励むことで、より効果的に心肺と筋肉の能力を高めることができる。

 つぎに<育成選手たちの出処>。
 〇ここで指導を受ける若手選手は、その素質を見出された者だが、ほとんどが生計の楽ではない家の子たち。だから、トレーニングに励む目の色がちがう。
 〇これらの子たちの親は、苦しい生計のなかからトレーニング費用を捻出。したがってその子たちは、一流の選手になって金を稼ぎ、親や兄弟の生計を助けようと必死だ。
 〇ハングリーで、毎日がサバイバル。この条件ばかりは、いまの恵まれたほとんどの日本選手にはマネができない。
 〇加えて、マラソンの賞金レースがあたりまえになったことで、ハングリーなアフリカの中・長距離選手がこぞってマラソンに進出した影響も大きい。
 〇ほかの先進諸国の選手が彼らに対抗するには、別に新たな切り口を見つけて励むことが必須になる。

 その<トレーニング生活>。
 〇訓練走は日常、朝・昼・夕。規律と鍛錬の毎日には、日曜もない。
 〇指導方針は、「休みなしに走る」「つよくなる近道はない」「練習はウソをつかない」。
 〇高地の坂道をものともせずに駆け上がり、駆け下る。走りおえて直後も、軽いジャンプを繰り返すなどアップを怠らない。
 ※箱根の〝山上り〟は過酷にすぎるのではないか…と、ボクが考えていたのはアマかったようだ、むしろ脚力強化には必要不可欠らしい。それもトレーニング次第ということになる。
 〇あとは、よく食べて、よく眠る。食事は練習後に、蛋白質を主に摂る。
 〇水分もたっぷり、栄養たっぷりのスープをカップに何杯も。多い選手は1度に1リットルくらい飲む。かわりに練習や、レースでも30kmくらいまでは、水分補給をしない。
 〇塩分を摂りすぎない。「塩分をとらないカモシカは早く走れるが、塩を舐める牛はのそのそ歩く」じゃないか、とコーチは言う。「走って、汗で顔が白くなるようでは、まだ体ができていないのだ」と。
 〇筋肉マッサージを入念にする。それもトレーナー任せではなく、選手同士でおたがいさまにマッサージしあい、同時に人の体というものを知る手だてにする。彼らの筋肉はやわらかく、しなやかだ。
 〇イメージトレーニングに、練習後、仲間同士で話しあい、学びあう時間を大切にしている。食後のミーティングや選手同士のコミュニケーションは、自分をたしかめ向上させ、同時にライバルの素質や特性、性格などを知るチャンスの場だ。
 ※最近の日本の選手には、コミュニケーションの苦手な人が少なくない
 〇筋肉を弛緩させる酒は厳禁(ボクなんぞは天から失格ダ)。

 <ランニング・フォーム>のこと。
 〇アフリカ勢の強さを示す証拠は、「つま先からの着地」フォーム。
 〇これは短距離走ではあたりまえのことだが、長距離走では逆に、欧米など世界の大勢は「踵から着地」が常識になっていた。…というか、「つま先からの着地」では長距離を走る筋力がもたない。
 〇ところが、アフリカ勢は長らく裸足で歩く生活をしてきたことから、つま先で地面の状況を探りながら歩く訓練ができている、だから足まわりの筋力がつよい。このことは科学的な分析でも実証されている。

 おしまいに<トピック>を2つ。
 ①かつて日本で長距離走を学んだダグラス・ワキウリというケニア出身のマラソン・ランナーがいた。瀬古利彦に憧れて来日、エスビー食品に所属して才能を開花させた彼は、1987年(ローマ)世界陸上ラソンで金メダル、翌88年のソウル・オリンピックでは銀メダリストになっている。彼は言う「こんどは日本の選手がアフリカに来て学べばきっと強くなるよ」と。
 ②リフトバレーのトレーニングセンターに「シャデラック・キプトー」という、ことし18歳の選手がいる。「キャデラック」と覚えると親しみやすい。彼の素質はコーチたちがひとしく認める「期待の星」。マラソン年齢は25歳がピークとして、順調に伸びれば7年後くらいには世界に知られる存在になっているかも知れない。マラソン・ファンは頭の片隅にでも覚えておいたほうがよさそうだ。

  ……………

 どうだろう。なかでも、
 「つま先からの着地」フォームと、「休みなしに走る」こと「つよくなる近道はない」こと「練習はウソをつかない」ことは、キーワードと言えそうだ。
 
 「つま先からの着地」フォームは、大迫傑くん(早稲田からナイキ・オレゴン・プロジェクト)が身につけている、と聞く。
 MGC出場資格取得選手で、みずから仕掛けて主導権を握ったかどうかは別として、結果、MGC対象レースで優勝しているのは、福岡国際の服部勇馬くん(東洋大からトヨタ自動車)だけ。

 まずは、この2人の走りに注目。
 MGCレースは半年後の秋、9月15日スタートである。

トランプ大統領はコタエなかった! /      いまのアメリカにとってニッポンなんぞ関心の外…

-No.1997-
★2018年03月11日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2923日
★ オリンピックTOKYOまで →  501日
★旧暦2月5日、上弦へ3日
(月齢4.8、月出08:32、月没21:57)


東日本大震災から8年になりました。ことしもまた…マスコミの報道はどこも「この日ばかりは…」の熱の入れよう、あるいは<浮世の義理につき>避けては通れない、そんな感じでした。ぼくが、それらの報道ぶりからどう感じたか…はもう少し待ってください。録画した番組、新聞記事を通覧してから、お話したいと思います。






★トランプ氏に〝Okinawa〟は無縁★

 あれから、たっぷり60日をすぎた、が。
 アメリカ大統領から、回答はない。

 60日(以内)とは……
 開始から20日以内に10万筆以上の署名を集めた〝民の声〟には、政府(大統領)が公式見解を回答する義務を負うことになっている、民主主義国家(を標榜する)アメリカらしい制度だ。

 この制度を利用して、沖縄県辺野古でのアメリカ軍新基地建設を中止するよう求めた電子署名運動が提議され、10万筆を突破したのが昨年12月18日。
 (今年になって2月20日現在では約21万筆に達している、おそらくこの署名は大統領の回答があるまでつづくのではないか、性根が据わっている)

 署名は、辺野古新基地建設の賛否を問う「県民投票」がおわるまでの工事停止をもとめていた。これはいうまでもない、県民投票ではきっと「反対」が多数を占めるであろうヨミがあってのこと。
 署名運動は、日系4世の作曲家ロブ・カジワラさんが呼びかけ、広く世界中からの賛同があり、日本からもタレントのローラさんが参加を呼びかけたことは、このブログでもすでにご紹介した。
blog.hatena.ne.jp

 しかし
 丸60日(2ヶ月)後の2月18日になっても、トランプ大統領アメリカ政府)からはなんの回答もなかった。
 これも、カジワラさんたちのヨミどおり。

 ぼくにも、トランプ大統領ならその一手だろうと、ワカッテいた。
 そもそも、この「請願サイト」はオバマ前大統領が始めたもので、トランプは徹底的に(そうしてたぶん心情は差別的に)オバマ嫌いでもある。

 ついでに彼は、〝商売人〟として大統領になった人だから、じぶんのトクにならない(国の利益とはかぎらない)ことには冷淡をきわめる。
 (実際、トランプは大統領就任後、たいがいの請願にダンマリ=無視をきめこんでいる)

 でも、ぼくは………
 この人(トランプ)の本質、〝商売人〟であればこそ、少しでもじぶんに利があると踏めば、平然と手の平をを返して見せるのも得意技。
 だから、イツ、ナニがきっかけで、態度が豹変するかわからない。
 もう少し、ようすを見ようと考えた。そして、待ってみた。

 2月24日の「沖縄県民投票」の結果は、ご承知のとおり。
 これは、アメリカにとって〝属国〟ニッポンの1地方のことだから、歯牙にもかけなかったのはワカラナイでもない。
 
 が、同月28日、ベトナムハノイで開かれた二度目の米朝首脳会談
 これには、万が一のサプライズがあるかも…と思っていた。
 「終戦合意」でもあれば、その流れで「沖縄に基地は要らない」ことに…ならないともかぎらない。

 しかし、ザンネン。 
 トランプのアキレス腱、ロシア疑惑の急展開があって尻に火のついた大統領は、交渉「合意」をあきらめて帰米してしまった。

  ……………

 こちらも、現実に還る。
 アメリカの民情にくわしいジャーナリストによると、かの国民は、自国が巨きな大陸にあるせいか、他国(とりわけ後進のアジア・アフリカ)への関心は低く、日本についても一般にはあまり知られておらず、ましてや沖縄になると、ほとんど無知・無関心といっていい、と言う。

 日本の政府だって、同胞(ほんとうにそう思っているのか、どうか…)の沖縄県には、まったく冷たい、一語につきる。
 アメリカの冷淡は推して知るべし…… 
 
 辺野古の<アメリカ軍新基地建設>中止を訴えるロブ・カジワラは言う。
 「沖縄の声尊重は世界の願い、にもかかわらず非民主的な態度は許されない。新基地建設は安全保障上の必要性、実現可能性、人権、採算性、環境問題など、さまざまな側面で悪い計画」
 「平和的で非暴力、民主的なやり方で沖縄の海を守っていく」
  
 彼のコトバは、沖縄県民の合言葉とも一致する。
 「勝つ方法は、諦めないこと」

 ※「沖縄県民投票」の結果アレコレについては、次に考えたい。

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.1996-
★2018年03月10日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2922日
★ オリンピックTOKYOまで →  502日
★旧暦2月04日
(月齢3.8、月出08:01、月没20:58)


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.1995-
★2018年03月09日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2921日
★ オリンピックTOKYOまで →  503日
★旧暦2月03日、三日月・眉月・若月
(月齢2.8、月出07:32、月没20:01)


氷雨・低温に泣いた2019東京マラソン /   ヤバイぜ……ニッポン・マラソン

-No.1994-
★2018年03月08日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2920日
★ オリンピックTOKYOまで →  504日
★旧暦2月2日
(月齢1.8、月出07:03、月没19:04)





◆やっぱり日本のマラソンはキビシい

 3月3日「雛祭り」の東京マラソン2019は、ざんねんながら、当日の天候と同様のキビシい結果だった。
 ぼくは、ことしも沿道に出張ってレースを確認。その結果
 要因のひとつ、ふたつは、ハッキリ見えた気がした、それをお伝えしたいと思う。

◆天候が予報よりはるかに酷かった、国内選手に油断はなかったか!?

 当日3日朝。
 起きるとすでに、道は冷たい氷雨に濡れていた。
 これは(キビシいレースになりそう)な予感に、ぼく自身、いちどは出かけるのを躊躇〔ためら〕ったほどだった。
 (動物はみな、冷たい雨にうたれつづけることを好まない)
 
 前日の天気予報は「クモリのちアメ」、雨が降りだすのは、少なくともエリート・ランナー(東京マラソンには市民ランナーたちも参加する)のゴール後あたりになりそうな感じだった。

 外国の招待選手は別、として。
 (ニッポンの選手が外国の試合に行けば、トウゼン天候もふくめたすべての条件に注意をむけるはずだ)
 国内の招待選手や、ここ一番をねらっていた選手たちに、国内大会ということで、よもや油断はなかったか…ぼくが思ったのはそのことだった。

 ことし新年早々の箱根駅伝、往路でも、3連覇をねらっていた青学大がまさかの「低体温症」によるアクシデントに見舞われ、痛恨のブレーキに泣いた。
 あれと同じ事態がおこるかも知れない…危惧があった。

 「地震予知」も、そうだが。
 「天気予報」も、(ざんねんながら)生きものとして信じきれる、ほどのものではない。
 <予報>は、結局<予想>の域でしかない。

 自然のなかで競技する選手は、そのことを、あらためて<肝に銘じて>おいてほしい。





◆それでもボクは出かけた…35km地点の泉岳寺交差点へ

 しかし、ぼくも(まだ)アマかった。
 降りだしが早かったのだから、雲のうごきは早い、このぶんならレース中にはやむかも知れない…なんぞと思ったりしたのだから。

 ことしは、レース後半、港区高輪の折り返しに近く。
 34.2kmの「札ノ辻」交差点から1km弱、高輪寄りの泉岳寺交差点で選手を待ち構えることに。

 10時前に都営浅草線泉岳寺」駅に着いて、コース・ボランティアの男性とトイレで顔をあわせる。
「冷えますね」
「えぇ…たまりませんネ」
「気温は…どれくらいですか」
「スタート時点で5.7度だったそうです、選手たちがシンパイです」

 第一京浜国道のコース上では、女性ボランティアが寒さをこらえて、しきりに〝足踏みの暖〟をとっていた。
 まだ1時間ほど早い。
 泉岳寺の「義士の墓」に手を合わせ、冷たい雨にうたれる「主税〔ちから〕の梅」を観て。
 (あんときゃ雪…だったもんな)討ち入りの日の寒さを想う…それほどに冷えた。

 コースにもどって足場を決め、スマホの中継に目をやると、「大迫(傑)選手が(29km付近で)コースを外れました」との速報。
 (日本記録の更新もあるか…の)期待の星、あえなし。
 後で、彼は身体を震えさせていたことを知った。(やっぱり……)

 それでも
 レースは着々と進んで、車いす選手たちが行き。
 やがて、タイム掲示の車両(下掲写真、1段目左)につづいて男子選手たち。
 トップのビルハヌ・レゲセ(エチオピア=下掲写真、1段目右)が、アフリカ勢独特の力感あふれるリズミカルな走法を見せつけ。
 間隔をおいて、以下4位までがアフリカ勢。
 (悪天候にもかかわらず、いつものマラソン・レース風景だった)

 やっと5番目に、日本勢トップで中大4年、これが初マラソンの堀尾謙介くん。
 ことしの箱根駅伝2区で快走、注目された大型ランナーとはいえ、あくまでも新人の部類で。
 彼にはワルイが、ぼくには意外。
 おかげであやうくカメラの構えを崩しかけてしまった……(下掲写真、2段目右端)

 女子も、上位にはアフリカ勢が並んで、日本勢のトップは7位の一山麻緒(ワコール=下掲写真、3段目右端)。
 世界の壁は、まだまだ高く、大きかった。

【結果を整理しておくと…】
 〇男子マラソン
  1位、ビルハヌ・レゲセ(エチオピア、24歳)2時間4分48秒
   ※前半1時間2分2秒、雨・冷えとも増した後半1時間2分46秒のほぼイー
    ブンでまとめ。レース後の本人談は「条件が良ければ3分台で走れた」と。
  5位、堀尾謙介(中大、22歳)2時間10分21秒
   ※レゲセとのタイム差は、5分33秒。
 ☆この大会でのMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)出場権獲得者
  5位、堀尾謙介
  6位、今井正人トヨタ自動車九州)2時間10分30秒
  7位、藤川拓也(中国電力)2時間10分35秒
  8位、神野大地(セルソース)2時間11分05秒
   ※これまでのMGC出場権獲得者は計28名

 〇女子マラソン
  1位、ルティ・アガ(エチオピア、25歳)2時間20分40秒
   ※「自分が思っていたタイムは18分30秒」とは、彼女のレース後談。
  7位、一山麻緒(ワコール、21歳)2時間24分33秒
   ※MGC出場権獲得には惜しくも33秒およばず。
 ☆これまでのMGC出場権獲得者は計9名(男子にくらべて少なすぎる)













◆日本は力がたりない、まだ地力の差は大きい!

 レース後の報道には、いろいろな見方があった(これも、いつものことだが)。

 たとえば「ペースメーカーのスピードが早すぎた」との声あり。
 この大会のレース・コディネーターの指示は、「大迫選手の日本記録を超えられる」設定になっていた。

 それはイイのだが、この日の天候を見れば「設定タイム変更」があってもよかったのではないか、と。
 しかも、ペースメーカーのスピードはさらにその指示よりも早かった…あまりに早すぎたのではないか、と。

 しかし
 ペースメーカーも人、同じアスリート仲間だ、感情も思惑もある(のがふつうと思わなきゃ)。
 ペースメーカーへの対処は、個々人の選手にまかされてあるのダ(アマったれちゃいけない)。

 どのレースにもあること、言えること。
 選手それぞれの、、コンディション・気分・バイオリズムなどなどでの、成績の良しあし凸凹はいつもあるわけだ、けれども。
 たしかな傾向としての、国や地域ごとの特徴はやっぱり厳としてある。
 
 ことしの(オリンピック前年というだいじなときの)東京マラソンでも、それはクッキリきわだっていた。
 サイアク…といっていい天候条件のなかでも、しかし、世界のトップレベルにある(主にアフリカ勢の)選手たちはシッカリ走って、キチンとした結果を出しているのダ。
 
 日本陸連のマラソン強化戦略プロジェクトリーダー、瀬古利彦さんの言が、いま現在のニッポン・マラソンの状況をただしく伝えている。
「日本選手はまだまだ力がたりない。地力の差がある」
 つけくわえれば<キビシさがたりない>、<まだまだアマい>。

 ぼくも、これまでずっと、その見方できていた。
 しかし、だから「期待するな」というのは、そりゃ無理なはなしで。

 設楽悠太くんがに日本記録を久方ぶりに更新、つづいて大迫傑くんがこれをさらに更新、とつづくと、つい気が緩んで「メダルもありか」となったわけだ…が。
 (オマエもまだアマかったな)

 せめてもの救いは、若手の中大4年、堀尾くんが気を吐いてくれたことだ、けれども。
 彼にしたって、来年のオリンピックですぐに結果を期待するのは、コクだろう。

 新旧の箱根駅伝<山の神>今井正人くんと、神野大地くんがやっとMGC出場のキップをつかみとってくれたが、さて、その先まではどうか。

 すでにMGCキップを手にしている大迫傑くんと、佐藤悠基くん(日清食品グループ)とが、世界に通用するスピードに挑んだ姿勢は評価したいが、結果はご覧のとおりだった。

 女子については……いまは、コトバもない。

 あと、MGC出場資格をとれる国内大会は、どちらも明後日3月10日(日)
  〇男子「びわ湖毎日マラソン
  〇女子「名古屋ウィメンズマラソン
 この2大会だけ。

 そうして、いよいよ秋9月15日(日)には
  〇マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)レース
 このレースで、オリンピック・マラソン代表の2枠が決まる。

 泣いても笑っても……(あと半年) 
    

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記22>-気仙沼-漁港と防潮堤

-No.1993-
★2018年03月07日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2919日
★ オリンピックTOKYOまで →  505日
★旧暦2月1日、新月
(月齢0.8、月出06:34、月没18:08)






◆やっぱ! 海の幸じゃ…な

 気仙沼
 一直線に目指した港の「海の市」で、買い物。

 サカナの港、気仙沼、「海の幸」名物のひとつに「ふかひれ」がある。
 知ってるよぉ!
 ぼくたち自身も味わってきたし、あれこれの人たちにお土産にもした。

 「ちがうんだなぁ…」
 知り合いに、ちょっと気障なとこが欠点の、気仙沼出身の男〔やつ〕がいて、そいつが言ったのだ。
 「あんたも料理するヒトなら、知っといてよ、『XO醤〔じゃん〕』でしょ、それとね『オイスターソース』がまたイッピン、ゼッピン、ベッピンさん、こんど行ったら忘れないでね~」…と。

 なんともコシャクなことだった、けれども、こっちも根っからのナマイキ、放っとくことができずに、(イシワタのジャンとソース)しっかり頭に叩きこんでおいて、のりこんだ。
 なに、取り扱いのある店は、あらかじめ電話でたしかめてある。

 気仙沼、地場産原料製、石渡商店の……
 完熟牡蠣のドレッシング『オイスターソース』と
 旨味帆立とコラーゲンの『XO醤』

 こればかりは、旅の空では、その真底味わうわけにもいかない。
 以下は、帰宅して後の話しになるが。

 真っ先に、皆さんきっと気になっているであろう、原料に由来する、 
 「海産系のにおい」いっさいなし。
 コクのある旨味は、和・洋・中の垣根を越え、レシピのひきだし全開…といっていい。

 ちょっと値もいい『XO醤』は、初心の慎重派むきとはいえないかも知れないけれど…ならば『オイスターソース』から入ればよろしかろう。
 それこそドレッシング感覚で、なんにでも振りかけていい。

  ……………
 
 おおいに気分よくなったところで…すぐ近くの魚屋さんの店先を覗いたら。
 (あったぁ! めっけた)おひさしぶりのカジキの刺身用の柵〔さく〕

 カジキというのは、キホン温暖な海の魚なので、ここで逢ったのにはちょっと吃驚でしたが。そうネ、獲れる海と水揚げ港は別ですからね。

 なにしろ、その身色…朱の赤を陽光に透かしたようなオレンジが、ぼくには地中海とか南米大陸の海とかを想わせる。
 その銛のごとく長く突出した吻が、昔の「船の舵木(舵を造った堅い木)をも突き通す」というのが語源とされる魚にしては、意想外なほどの純なところが好ましい。

 「カジキマグロ」と呼ばれて、よく鮪と一緒にされる。
 なるほど、大海原を活発に遊泳するなど生態はマグロに近いものがある、が。まったくの別種(カジキはスズキ科)だし。
 とくに、クロマグロの赤身やトロと食べ比べられると、カジキの刺身の佳さは、儚く霞の彼方…となってイケナイ。

 ほんとなら、塩をパラッとしたのにオリーブオイルでも垂らしていただきたいところだ、けれども…ともあれ、いまは旅の空。
 声をかけたら、店の若女将が「刺身にひきましょうか」と、打てば響く応対ウレシクて。
 ここはひとつ、今晩の宿にもちこみ、山葵醤油でいってみよう…ときめた。

◆買い物ツアーかぃ!?

 ……と、呆れた方もおられよう、けれど。
 ぜんぜん、そんなわけじゃない。

 ただ、このたびの被災地東北巡訪、この日で5日目だったが、晴れたのは初日の1日だけ、あとは「雨」か、「雨ときどき曇り」の連続。
 (いいかげんしてくれ)悲鳴をあげたいくらいの気分になっていた。
 こういうときボクは、「ショッピング命」の女性の気もちがよくワカル。

 そういうわけで。
 このたび、訪れ確かめておきたかった現場に、どうしても足が向かず、ついに諦めた。

 それは、気仙沼市魚町の防潮堤計画。
 これが、例によって「揉めて」いた。
 例によって…というのは、宮城県では《11.3.11》からの復興にかかってからというもの、ホントウに、アキレルくらい、あちこちで防潮堤をめぐる「いざこざ」が多発していたからだ。

 しかもその、ほとんどのケースが、防潮堤を少しでも安心できる高さに設定したい「県」と、「海が見えない方が危険、せめて子どもでも海が見える高さに」と望む「住民」の対立である。

 こう述べると、とにもかくにも安心できる高さをとりたい「県」の姿勢もワカル気がしないでもない。
 ぼくもはじめは、(どっちにも思いこみがつよすぎる)気がしていた。だから、
 いずれ折り合いはつくだろう…と思っていたのだ、けれども。

 どうやら、違っていた。
 「県」の無理やりゴリ押しに、「住民」サイドが懸命に抵抗していた。
 「県」の態度は、「せっかく良かれと考えてやっているのにワカランやつらだ」という上から目線の思い上がりで、住民の思いに寄り添う態度は天からない。

 宮城県村井嘉浩知事という人を、ぼくたちは、その風貌から「あんぱんまん」と呼んでいたのだけれども…ひとりよがりの県政はどうやら「✖(ダメ)」であった。

 気仙沼市魚町の防潮堤について、ここで詳しく語ることは控える、が。
 「対話」が「独断と押しつけ」になり、「約束」を破ったりホゴにしたりでは、どうにもならない。

 しかも、この町の場合の態度は、ただ「海が見えるように」という願いだけではない。
 深い湾入の奥に位置する気仙沼の町は、背後に丘が迫っており。
 「いざ」というときには、「高台への避難」を考えてのことである。
 それをも一顧だにしない、というのは統治者としての資質にかける。

  ……………

 東日本大震災にける気仙沼市の被害】

  〇震災前の人口 73,489人(2010=平成22年10月現在)
  〇震災後の人口 63,867人(2018=平成30年12月末現在)
 
  〇直接死者 1,108名
  〇関連死者   109名
      (計1,132名)
  〇行方不明者  215名

  〇全壊家屋 8,483棟
  〇半壊家屋 2,571棟
 

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.37~  ネギトロ

-No.1992-
★2018年03月06日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2918日
★ オリンピックTOKYOまで →  506日
★旧暦1月30日、新月へ1日・晦日
(月齢29.6、月出06:03、月没17:13)


※きょうは、二十四節気の「啓蟄〔けいちつ〕」。七十二候では「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」といって、「冬ごもりの虫が出て来る」頃のこと。折もよく明日は<新月>、つまり、旧暦ではこの日で1月もおしまい(晦日)。明日からは2月がはじまる。





★〝トロ〟には〝ネギ〟がよく似あう★

 ぼくの、包丁の師匠ってひとは、ね。
 「三社(浅草の三社祭のこと)」神輿の先棒をとるのがなによりの楽しみッてぇ。
 まだ若い、出は田舎〔ざい〕の方でしたが、気風〔きっぷ〕じゃマケてない江戸っ子肌。

 この人が、ときたま。
 ぼくがまだ若かった頃、ひょんなことから、あずからせてもらっていたお店の板場に、手みやげ持って来てくれたもんでした。
 経木に包んだのを、紙でくるんで、紐かけて。
 「これ、いいとこ、おすそわけ」って。

 それが、いちど、極上の「ねぎとろ」だったことがありましてね。
 濃いめのピンクのたたき身に、緑に分葱〔わけぎ〕がざっと散らしてあった。
 (やっ!)ウマかったのなんのって、(ばかうま!)ってヤツ。

 師匠が、たのみにしている仲卸さんから「わけてもらった」の。
 「ねぎとろ」って、そういうもんでした。
 まえは、店内〔たなうち〕の「まかない」とか、ごく親しい常連さんの口に入るくらいのもん。 

 だってね
 「ねぎとろ」ってのは、マグロをおろしたとき、骨や皮からとれる身(なかおち、そぎ身)をたたいて、ペーストにするもんですから、たくさんはできない。

 それが、「軍艦巻」や「ねぎとろ巻」の寿司ネタに人気がでてから、しょうがない、あれこれ掻き集めたマグロのたたき身に、脂やなんかで味つけしてこさえたのが、いまよくある「ねぎとろ」ってやつ。
 ですから、ほんとの「ねぎとろ」に出逢えることは、まぁ、少ないですよね。

 ぼくなんかも、いまは、ごく偶〔たま〕にしか口にできません。
 だって、ふつうに売ってる「ねぎとろ」、あれは(うまいこと作ってある)けど(旨かぁない)ですもん。
 いぇ、ぼくだって美食家じゃなし、別に「ニセモノなんか喰えるか」ってわけでもない…けど、やっぱ「ちがう」もの。

 そう。
 たとえば「かにあしかまぼこ」って、あるでしょ。
 あれなんかもね、(ホントよくできてる)し、お弁当とか、寄り合いの席なんかで出されれば、いただきますよ。
 でも、じぶん好みで食べるときは、手を出しません、そういうもんでしょ。

 この間、どっかのテレビ局の<うんちく噺>で、「ネギトロはじつ〝トロ〟に〝ネギ〟ってことじゃない」と、おもしろおかしくやってましたっけ。

 ……でもね。
 「ねぎとろ」元祖の寿司屋さんが、じつは「むぎとろ」が好物だった、とか。
 「なかおち」や「そぎ身」を「そぎ(こそげ)とる」ことを、むかしは「ねぎとる」と言った(そんなことダレがいいましたっけネ)からだ、とか。

 ヤメにしましょうや。
 いきさつはどうあれ、じっさい「ねぎとろ」にはネギ(ほんとはワケギ)がよく似あうんですから、それでイイじゃないですか。
 (葱鮪ねぎまって鍋があるくらいですからね…ただ、こっちのときはネギです、ワケギじゃありません)

 べつに、うん…目くじら立てるほどのこっちゃないデスよ。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記21>-南三陸町-新庁舎界隈・清水浜

-No.1991-
★2018年03月05日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2917日
★ オリンピックTOKYOまで →  507日
★旧暦1月29日、新月へ2日
(月齢28.6、月出05:30、月没16:17)






◆いまはナニも見えない

 南三陸町は……
 どう言ったらいいものか……

 復興の具体像がようやく見え始めた1~2年前あたりから、ナニかこうコトバにならないモドカシサを感じさせるところ、になってきている。
 優等生の答えに感心しながら、片手を胸に一方の片手で首を傾げるポーズをとりたくなってしまう、のダ。
 
 つまり、まことに不謹慎なモノイイで申し訳ないけれども、余所者にはオモシロ味が感じられない…ということは、地元民にとっては躍動するようなものが感じられない、ことになるのではなかろうか。
 (もう少し様子を見るとするか…)てな気分にさせられる。

 高台に、新築成った町役場を訪ねてみると。
 すぐ隣地に「南三陸病院」、すぐ裏手一帯には復興公営住宅群、と。
 絵に描いたような…というか、お手本どおりに…というか、東日本大震災からの復興過程で、どこにも見られた同じ風景がここにも出現していて。
 (そうですかワカリマシタ)と、ただ頷くしかない。

 もうひとつ。
 国道45号に戻って、浜へと下る途中。
 JR東日本気仙沼線清水浜駅に近づくと、ド~ンと圧倒的なボリュームで迫る、〝白亜〟と見まごうコンクリート群に息を呑む。

 この清水浜のリアスの湾入と、その谷を鉄橋で渡る鉄道の無惨な被害は、もっとも雄弁に大津波の凄まじさを物語るモノのひとつで。
 ぼくたちも、この被災地巡訪では、かならず足(車)をとめ、確認のため付近を歩きまわることがキマリのようになっていたのだ…が。

 こんど、こうして、人工のありったけを集積・造成されたものを眼前にすると。
 正直、声もない……

 小さな川の流れをモノモノしく押し固めるコンクリート堤。
 その上を歩いて往き来してみながら、ぼくは(こうまでして人を住まわせたいものか…)を考えないわけにはいかなかった……

 東日本大震災南三陸町の被害】

  〇震災前の人口 17,666人(2011年2月現在)
  〇震災後の人口 13,207人(2018年2月現在)

  〇直接死者  600名
  〇関連死者   20名
       (計620名)
  〇行方不明者 211名

  〇全壊家屋 3,143棟
  〇半壊家屋   178棟
 

   (右の写真は13年夏、清水浜駅付近)