どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2125-
★2018年07月17日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3051日
★ オリンピックTOKYOまで →  373日
★旧暦6月15日、満月
(月齢14.7、月出19:20、月没04:34)


ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.71~  麦藁のヒミツ

-No.2124-
★2018年07月16日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3050日
★ オリンピックTOKYOまで →  374日
★旧暦6月14日、満月に1日
(月齢13.7、月出18:33、月没03:41)


※先週の土曜13日は、旧暦6月5日。お盆。また七十二候の「蓮始開(蓮の花が開き始める)」だった。蓮の花は、文句なしに〝いい〟けれど…その前に、このシツコく鬱陶しい梅雨空をなんとかしてほしい(身体のシステムにカビが生えそうでクサクサする)!







★麦わら帽子が恋しい★

  〽黄色い麦わら帽子の 女の子

 松崎しげるの、この唄が。 
 なぜか歌手本人の、漁師そこのけに陽焼けした顔と、ともに懐かしい季節だ……けれども。

 ことしはなかなか、そんな風情の空になってくれない。
 (気温が25度にもとどかない日がずいぶんつづいた!)
 いささか、待ちかねた…ので、話題を先行提供させていただこう。

  ……………

 まず、はじめに「ストロー」というのがあった。
 あれは、かつて、ほんものの「麦わら」だったのをご存じだろうか。

 ぼくら戦後すぐ世代まで、(都会生活者には…)幼児体験にのこっている。
 さすがに庶民の家にまではなかったが、しゃれたお店(レストランとか)で飲む清涼飲料水とかパフェとか、もっとざっくばらんなところでは「かき氷」に、スプーンとセットで添えられていたりした。

 いまのプラスチック・ストローしか知らない世代には、(信じられない)話しかも知れないが、その〈麦わら純正ストロー〉は、口あたりやわらかく、おまけに、ほんのり「お日さま」の匂いがした。
 じつは、「麦わら」にひそむ親和感のもとは、この「お日さま」のぬくもりなのであった。

「麦わらのストロー」が、いつ頃からプラスチック(ポリプロピレン)に替わったかは、ぼくにもハッキリした記憶はない。
 ものの本によると、1950年代後半までは、喫茶店やカフェで「麦わらストロー」は使われていた…という。そうだったかも知れない……
 たしか、ウェートレスさんがお盆にのせてきてくれる飲み物のコップに、袋入りの「麦わらストロー」が(コップの水滴を利用して)縦に吸い付けられてきたっけな……

 それから半世紀余の時を経て、いま地球はプラスチック汚染の脅威に曝されることになり、日本の大手外(飲)食チェーンなどにも脱プラスチックのうごきがある。
 代替品として、さまざまな素材が提案されているが、口あたり感でいくと、やはり「紙のストロー」がいまのところ後継一番候補であるらしい。

 ……でも、それならどうだろう。
 思いきって、元祖「麦わらストロー」に復活してもらうのが、最良の道ではないのだろうか。
 それが麦の増産にむすびつけられるようなら、食糧自給率のアップにも貢献できる。

  ……………

 それはさておき。
「麦わら」話は、いよいよ本格的な〈材料編〉に入る。

  ……………  

 真田の郷(長野県上田市)を訪ねたとき。
 真田家の旗印(家紋)「六連銭〔むつれんせん〕」を確認すると、すぐに、ぼくの興味は「真田紐」の工房を探すことに移った。

 諸国の物産には、だれもが魅かれるわけで、それじたいは珍しいことではない、けれども。
 いきなり「紐」というのが変わっている…といえば、なるほど、それもそうで。
 ぼく自身、何故かを考えると、理解にくるしむ。

 猿飛佐助に霧隠才蔵三好清海入道根津甚八…あの『真田十勇士』の物語世界から、一気に「真田紐」のそのわけは、きっと、母方のお爺ちゃんが遠因にちがいない。
 とうぜんのごとく昔気質であった、この人は、あれこれの智慧で孫を驚かせてくれた、わけだけれど。

 印象に深いそのひとつが煙管〔きせる〕掃除に使う「紙縒〔こよ〕り」づくりであり。
 もうひとつが、茶器だか装飾品だかを納める桐箱を、真田紐で魔法のようにみごとに十文字にきっちり括〔くくり〕りあげる術であった。

 そのときの語り草(種)が、「丈夫な真田紐の効用」であり、「むかしの武士は腰の刀の下げ緒〔お〕にしたもんだ」と、呪文のような託宣であった。

 以来、「真田紐」はぼくのなかで、日本人の肌に馴染んで緩みない最上のヒモ…として定着。
 産地を訪れる折あらば、よくよく確かめて吾が身に着けようと決めていた。
 そのときに購入した真田紐は、いまも手もとにある。

  ……………

 つぎに、親しく〈真田〉が登場することになったのは、結婚後。
 帽子づくりをするカミさんが、その材料に「麦稈〔ばっかん〕真田」というのを持っていた。

 「麦稈」というのは「麦藁」で、「麦稈真田」は「平らにつぶした麦わらを真田紐のように丈夫に編んだ紐状の材料」。これを渦巻き状に縫って仕上げる帽子が「ブレードハット」、和風にいえば「麦稈帽」、洋風にいえば「ストローハット」だ。

 「麦稈帽」と「ストローハット」。材料は一緒でも、まるで印象に天地の差が出る。
 「麦稈帽」のほうは、いまでも農機具店やホームセンターなどで売っている作業用、陽除け目的の「麦わら帽子」であり。
 一方「ストローハット」になると、たとえばブロードウェイなどスポットライトのあたる舞台で、エンターテナーたちがタップを踏みながら、片手でひらひら頭上にかざす、あの「カンカン帽」なのであった!

 いずれにしても、「麦わら帽子」というのが、いまだに廃〔すた〕れる
ことなく、それどころかサマーシーズン(バカンス)の定番帽子として人気高くありつづけるのは、ひとえに「麦わら(麦稈)」の黄味を帯びたやわらかな色艶と、幼なごころをゆさぶる素朴感にあることは、まちがいない。

 日本では、いまでも埼玉県(春日部市)と岡山県に専業メーカーが存在している。

  ……………

 もうひとつ、「麦わら」で想いだすのは、城崎温泉兵庫県)の工芸品「麦わら細工」。
 さまざまに彩色された麦わらを材料に、綿密な細工を丹念にほどこして仕上げる高級品から、ぼくらが子どもの頃から女の子たちによろこばれた「指輪」まで、いまも、ほのぼのとした味わいを訪客たちに伝えている。

 これら、「帽子」や「細工もの」の材料になる「麦わら」は、いずれも「はだか麦」と呼ばれる品種のものが、もっとも藁の艶もよいという。

 また、ちなみに、「麦わら細工」に使われる糊は「そくい」とも呼ばれる飯粒を練ったもの。
 そうして、麦わらの接着は「貼る」ではなく「張る」と表現するが、これは古来、表具などの世界でも用いられてきた技法上の呼称。「ゆるみなく、ひきしめる」意味合いをこめた、和の手仕事である。

  ……………

 話しを「麦わら帽子」にもどそう。

 かみさんは、ぼくにもいろいろな帽子を拵えてくれたが、「ストローハット」だけは、ぼくには似合わないと思ったものか、ついに作ってもらえなかった。
 (ストロ-ハットが、麦稈真田のブレードを硬く締め固める作業の難しさもあったにちがいない)
 ぼくも、「似合う」自信はなかったので、頼まなかった。

 ……だが、じつは、暑い夏の日に「カンカン帽」を被って外出するのが、ぼくの小さい頃からの憧れ。
 どこぞで、お気に入りの品に出逢えれば…と、密かにいまも、想いつづけている。

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2123-
★2018年07月14日(月曜日、海の日
★11.3.11フクシマから → 3049日
★ オリンピックTOKYOまで →  375日
★旧暦6月13日、待宵月・小望月
(月齢12.7、月出17:41、月没02:52)


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2122-
★2018年07月14日日曜日
★11.3.11フクシマから → 3048日
★ オリンピックTOKYOまで →  376日
★旧暦6月12日
(月齢11.3、月出17:44、月没02:07)


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2121-
★2018年07月13日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 3047日
★ オリンピックTOKYOまで →  377日
★旧暦6月11日
(月齢10.3、月出15:44、月没01:27)


《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記50>-苫小牧②-「セコマ」と「千歳川発電所」

-No.2120-
★2018年07月12日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3046日
★ オリンピックTOKYOまで →  378日
★旧暦6月10日
(月齢9.7、月出14:42、月没00:49)




セイコーマート…ふんばる

 2018年9月6日(木)。
 北海道胆振東部地震震源に近い被災地、厚真町にその一端を見とどけてから、苫小牧西港のフェリーターミナルへと急ぎ。
 18時45分発の夕方便「さんふらわあ」の乗船手続きを、押しかけるキャンセル待ち客多数の喧噪のなかすませて、ホッとため息まじりのひと息……

 乗船車両誘導のアナウンスがあるまで、車室内で待機。
 その間に、このたび「北海道初の大地震」に遭遇した経験と、その対処法の反省。

 あれこれ想うことが多かった、なかで、なにが一番に〈心づよかった〉か…で、とくに印象につよくのこったのが、〈ご当地コンビニ〉とでもいうべき存在。
セイコーマート」について、もうひとこと、つけくわえて、述べておきたい。

 こんどの大地震とそれにともなう大規模停電によって、頼みの綱のコンビニが、ほとんどの店舗で品切れ状態に陥ったことは、すでに述べた、が。
 じつは、品切れとか品薄になる以前に、全国展開する大手コンビニ・チェーン店舗の多くが、停電によって休業せざるをえない状況に追い込まれたことの方が、遥かに影響がおおきかった。

 そんななかで、「セコマ」(本社・札幌)が運営するご当地コンビニ・チェーン「セイコーマート」が、非常用電源や自動車から引いた電源で、みごとな非常時対応、道内1100店舗のほとんどが店を開け続け、ホットな食品を提供したり、レジもふだんどおりに稼働する…といった奮闘を見せて、道民の称賛浴び、あらためて厚く支持されている。

 じつは、ボクのカミさんは道南に実家があり、またボクたちもかつて、函館にセカンドハウスのマンション一室をもっていたことがあって、セイコーマートはよく知っていた。
 しかし、〈北の大地に暮らす〉という生活者の実感はやはり薄く、たいがいの買い物もスーパーで済ませていた程度だから、〈なじみ〉には、ほど遠かった。

 それに、失礼ながら…全国展開の大手コンビニにくらべると、店舗も品ぞろえもどこか垢ぬけない、というか、ようするに田舎じみたふんいきであった記憶が濃い(ほんとにゴメンなさい)。
 おそらく、道内でも、街場に暮らす人の多くに、この印象があったのではないか…と思う。そういう事情が下敷きにあったうえでの「ありがとうセコマ」の声…だったにちがいない。

  ……………

 ぼくは、まだ(今回でも)経験がないけれど、人々の声に聞くところでは、店内調理コーナー「ホットシェフ」の評判がいい。
 ガス釜がある店舗では、震災直後から米を炊き、手づくりおにぎりを提供してくれた、という。
 「ホットシェフ」の導入は1994年からで、現在はすでに954店舗に導入済み。
 暗いなかに、ポッと明るい店が開いているだけでも安心できた…と、ふりかえる声も少なくなかった。
 (地味に見える=飾らずに地元密着、ということをいまはナットク!)

 この「セコマ」…じつは、日本のコンビニ誕生第1号(1971年に1号店)とPRする。
 その地域密着型、発祥のきっかけは2004年、全道に猛威をふるった台風18号。そのとき、電源がないためにレジが使えず、商品の値段もワカラなくなった状況に、災害対応の必要意識が芽生えたのだ、という。

 「セコマ」は、物流面でもつよかった。
 このたびの地震では、札幌配送センターこそ他と同様、停電・荷崩れ・一時配送停止に見舞われたけれども、釧路配送センターは100%自家発電で稼働、一部、札幌の分までカバーしてみせた。

 しめくくりは、道をはじめ計17市町村、陸上自衛隊北部方面隊、北電などと「災害発生時協力支援協定」を結んでいること。その効果は、このたび関係8市町に水・パン・おにぎり・カップ麺などを提供、厚真町では自衛隊が行う炊き出し用味噌などの食材も用意している。
 いまは全店舗に、「非常用電源セット」とマニュアルも配布済み、という。

 あらためて、一般庶民もこころして肝に銘ずべし。
「地域には地域密着が似合うし、なによりつよい味方」でもある!

  ……………

 「セコマ」の前身は、酒の卸売業(なぜかウムとナットクできる)。
 酒屋の存続を創業の理念とするせいか、フランチャイズの基本も共存共栄で、このあたりが他の大手コンビニチェーンとは、おおいに異なる。
 
 その後、社会的な大問題にまで発展した営業時間にしても、セコマは原則7:00~23:00。
 繁華街などの店舗では、24時間営業を選択するところもあるが、それも、あくまでも自主的。数時間延長のかたちが多いという。

 店舗側にテリトリー権がある(大手にはない)ため、セコマの店舗同士が近接して、客や従業員を奪いあうような事態もまねかない。

 きわめつけは、ロイヤリティー(加盟店料)で、セコマの「売上総利益の10%」というのは業界一、他よりも圧倒的に低い。
 そのわけは、グループ会社が牧場や加工・物流工場をもっているため、加盟店が商品を仕入れてくれるだけで儲けがでているからだ、そうな。
 (同業他社には、耳に痛い…参考にすべき…ことばかり)
 
  ……………

 セイコーマートは北海道のご当地コンビニ…のように紹介した、けれど。
 じつは、関東の茨城・埼玉にも店舗がある。それでも、身近な範囲とはいえないけれど、こんどは気をつけて道外でも「セコマ」のオレンジ色の看板を探してみたい…と思う。



◆唯一「全道ブラックアウト」に巻きこまれなった…支笏湖温泉街

 もうひとつ、「ちょっといい話し」は。
 このたびの北海道胆振東部地震で、もっとも社会的影響甚大だった大事故、北電(北海道電力)がまねいた全道ブラックアウトの非常事態に、唯一、巻きこまれなかった(地震直後を除いて…)地区が存在したことだ。

 まったく別な意味での「ホットスポット」といってもいい……
 そこは、全国でも屈指の透明度で知られる支笏湖畔の温泉街。
 札幌と苫小牧のちょうど中間あたりに位置して、観光客の多いところでもある。
 そこが、なぜ、あの停電騒ぎから、のがれられたかは……いうまでもない。

 北電の電力に拠らなったから。
 この地区の電力は、もともとは王子製紙が自社苫小牧工場用に発電した電力を、湖畔地区にも提供したカタチ。
 湖畔のホテルや飲食店から民家にいたるまで約100軒が、支笏湖に源を発する千歳川流域5つの水力発電所で発電された、王子製紙の電力に拠っている。

 …というか、送電線(王子湖畔配電線)も北電とは別物(完全分離)だから、ほかの契約はありえない。
 明治後期の発電開始という、設備にも由緒がかおる発電所から生まれる電気、電力料金も北電と同じに設定されている…そうな。

 不便があるとすれば…といっても、毎年11月中旬(観光閑散期)、数時間の「計画停電」のみ。
 (ほかに台風などによる倒木で電線が切れることもあるにはあるが…)
 そんなときは、店は休業するかバッテリー電源に切り換えるかでのりきり、家庭でもあれこれの工夫と智慧とで「たいしたことはねぇ」という。

  ……………

 以上。「セコマ」と「千歳川発電所」と。
 こういうたぐいの、「ちょっといい話し」に感性が鈍いようだと、その人の〈防災・減災意識〉もアヤシイことになる!

  

   
 
 

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.70~  雛鳥…千仞の谷に転げ落ちる、カオジロガン

-No.2119-
★2018年07月11日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3045日
★ オリンピックTOKYOまで →  379日
★旧暦6月9日
(月齢8.7、月出13:38、月没00:15)





★「獅子の子落とし」…ではないのダ★

 「獅子は吾が仔を千仞の谷に落としてその生命力を試す」
 …とする諺〔ことわざ〕というか、俗信のたぐいが むかし あった。

 これは、〈自分の子に苦しい思いをさせて力量・生命力を試し、そこから這い上がってきた者だけを育てる〉という……
 一見できすぎた話しのようで、じつは極めて乱暴でしかない、無責任きわまりないエゴイスティックな態度だ。

 現実のライオン(=獅子、という説じたい論考しなおす必要があると思う…じつは〝龍〟とおなじ想像上の動物ではなかったか)、メスは愛情たっぷりだし、じつは、オスにさほどの威厳もない。

 しかし、いまでも…まったくの死語とも言えない状況にある。
 ぼくら戦後うまれの世代でさえ、この俗信を聞き知っているし、各地の寺社の説話彫刻や庭園造作などにも、遺されてきている。

 でも、まぁ
 歌舞伎の見得〔みえ〕みたいなもん、ツミのないオーバーアクションだよネ。と思っていたら……

 -事実は小説より奇なり-

 そんな苛酷な、生存競争に賭けざるをえない生物がいるのを、知らされた。
 ネイチャー・ドキュメントのワン・シーン。
 話題の主は「カオジロガン」といって、ご覧のとおり、黒い頭部に白い顔が特徴の中型のガン(体長55~70cm、体重1~2kg)。

 白・黒・グレー3色の羽色もシックなこの鳥、繁殖地はバルト海から北極圏にかけての島々だそうで、スカンジナビア半島の国々では、ごくふつうに見られる鳥。
 グループでV字の編隊を組んで飛ぶ姿で親しまれてもいる、ともいう。

  ……………

 問題は、その繁殖地である北極圏。
 繁殖期は夏のおわりから秋のはじめ。

 苛酷の①は、「カオジロガン」の営巣場所。
 高い岩石の断崖上に巣をかけるのは、ホッキョクグマやホッキョクギツネなど肉食獣からの攻撃を避けるため、なのだろう(猛禽類に対してはどうなのか?…そこまでは知れない)。

 苛酷の②は、親鳥が雛に餌を持ち帰る習性がないこと。
 これは想像するに、草食主体の雑食ゆえに持ち帰るほど餌が豊富ではない(親が生きるだけで精いっぱい)からかも知れない。

 なにしろ、そんわけだから、生まれた雛はわずか生後2日で、地上へのダイビングという試練に立ち向かわざるをえない。餌は自分でとって食べるしかないからだ。
 どうナットクさせる…もなにもないのだろう、おそらく雛は以心伝心で察知するのにちがいない。 
 とにかく親鳥は、ひとあし先に巣を離れ、地上に舞い降りて、ぶじに雛が降りてくるのを待つばかり。

 雛はどうするか……
 飛ぶ…ほどの体力もまだないモフモフの塊にすぎないから、足もとの岩を蹴るしかない。
 蹴って空中に跳び出したら、あとはもう、風まかせ気流しだいに翻弄されながら、120mほども下の草地まで、ただ落ちて行くしかない。
 一気に下まで…行けるともかぎらないし、それがイイともかぎらない。
 途中の岩にぶつかったりしながら、毛玉のモフモフに助けられて草地に落ちて、わずかにバウンドする…これもパラシュート降下とおなじ、衝撃を和らげ助かる秘訣かも知れない。

 雛の数は多くて5~6羽くらいだろうか。
 度胸のいい(…あるいはただ能天気なだけか…)個体から順に飛び降りて、なかには、怖ごわ下を覗いてもどうにもならないことをやがて悟ってから、あきらめて飛び出す者もある……

 おそらく、雛のすべてが無事というケースは少ないのだろう、と思われるが。
 ともあれ、下で待ち構えた親鳥のもとにヨチヨチ歩きで馳せ参じることのできた者だけが、やっと親鳥のあとについて餌場へと移動できる。

 なにしろ、グズグズしている暇はないのだ。
 即死か、あるいはケガを負って動けない者は、やむをえない見捨てないことには、のこった生命さえ危ういこと(肉食獣の餌食)になるのだから。

 ぶじに地上へ降りられた雛たちが、自力で餌を食べ、飛べるようになるのは、およそ8週間後のことになる、そうな。

 まことに凄まじい……
 「カオジロガン」は結局、北極圏でも〈もっとも厳しい棲息エリアに追い込まれてしまった種〉ということになるのだろう。
 けれども、それでもめげずにガンバっている。

  ……………

 生物はいずれにしても、かぎられた環境の一部空間をえらびとって棲息し、かぎられて獲得できる食餌から栄養エネルギーを得るほかはない、のであった。
 この条件を免れえたのは、とりあえず吾らヒトだけ……か。

 (ボクは思わず、背筋をたださざるをえなかった……)

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2118-
★2018年07月10日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3044日
★ オリンピックTOKYOまで →  380日
★旧暦6月8日
(月齢7.7、月出12:34、月没....:....)


《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記49>-苫小牧港①-北海道胆振東部地震…支援隊続々

-No.2117-
★2018年07月09日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3043日
★ オリンピックTOKYOまで →  381日
★旧暦6月7日、上弦の月
(月齢6.7、月出11:28、月没23:41)





◆苫小牧港…騒然

 船(フェリー)の旅には、航送の荷役に手間どることから、時間待ちにゆとりが欠かせない。
 ふだんでも、予約をしてあっても、出航の1時間前には港に行って待機する。
 繁忙期のキャンセル待ちともなれば、半日待ちくらいの覚悟がいるのだ。

 北海道胆振東部地震の翌日、苫小牧港から大洗港茨城県)への船便には、急遽帰途につく旅客たちの集中が予想されたから、ぼくらは厚真町での取材を早めにきりあげたのである。

 港までの道路に、目だつほどの混雑は見られなかった…が、フェリー・ターミナルへの取り付け道路に入ると、一気に車両の数がふくれあがった。
 いつもなら、入船時刻外には少ないはずの下船車両が、この日は、すこぶる付きに多い。

 あらためて見るまでもない、各地からの救援・支援車両群が、ターミナル背後の駐車場に整列し、あるいは、とりあえず路肩に並んで、指揮官の指示を待っており。
 人員はそれぞれに、関係機関との連絡に余念がない。
 全道ブラックアウトという事態をうけて、北電(北海道電力)支援に向かう東北電力チームの緊急支援隊が、なかでもめだっていた。

 こういう場面に遭遇すると、ぼくは、やっぱり、黙って見すごすことができない。
 車を駐車場の手前隅に寄せて停め、カメラを手にしばらくシャッターかせぐ……

 やっと岸壁の駐車場に入って乗船待ちの車列に並ぶ…と、すでに全体の半分くらいに位置していることが一目瞭然と知れる。
 ターミナルでは、船会社の整理員が出て乗船手続きの列が整理され、その列が見る見る階段を上がり、Uターンしてまた下りて来る…といった按配。
 キャンセル待ちには、繁忙期にのみ見る整理券が配られていた。
 
 まさしく、港は騒然。
 ぼくたちの予約した席も、このたびは「コンフォート」と呼ばれる、いってみればカプセルホテルのように狭いベッドルーム。

 いつも、この《11.3.11》被災地巡訪の旅では、しめくくり帰郷の「おつかれ」船便には個室をふんぱつしてきており、<席予約変更>もアタマにはあったが、どうやらそれどころではない情勢に…覚悟をきめてアキラメ、そのまま手続きをすませた……


 

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.69~ 「かっとび」噺①-ペンギンたち-

-No.2116-
★2018年07月08日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3042日
★ オリンピックTOKYOまで →  382日
★旧暦6月6日
(月齢5.7、月出10:21、月没23:08)


※きのう7日(七夕)は二十四節気の「小暑(いよいよ暑気に入る頃)」であり、同時に七十二侯の「温風至(暖かい風が吹いてくる頃)」という…つまり「夏だぞう」ということなのだが。まだ梅雨の最中だ……。








★ぼくは「かっとび」が好き!★

 「かっとび」といっても、それは、あくまでも身体の動きや身振りであり、るいはまたファッション(姿かたち)の噺で、他意はない。
 …といっても、「かっとび」風情を感じさせる生きものはみな、こころもちまで<そんなふう>に元気印に思える。

 なにか…どこか…が、ふつうではなく(おとなしくはなく)、跳ねている。
 まぁ、ざっと、そんなぐあいの「かっとび」だから、けっこう仲間がいて。
 きょうは、その第1回。

★姿も泳ぎも「かっとび」のペンギン四天皇

 ペンギンの仲間で、もっとも有名なのは、南極の氷原に生きるコウテイペンギンだろう…が。
 ペンギンの仲間には6属19種があって、動物園などに見られるのはフンボルトペンギン、マゼランペンギン、ケープペンギンといった、温帯に棲息する(冷房設備の要らない)ペンギンたち。

 では…さっそくに「かっとび」王座をうかがう候補、4天皇をあげていく。
 上掲フォト左から、キマユペンギン、イワトビペンギン、マカロニペンギン、ジェンツーペンギンである。
 なお、「海を翔ぶ」と表現されるペンギンはみな、ひとしく泳ぎが素早く、鋭い。
 したがって、ここではイメージおよび風情の「かっとび」勝負になる。
 あなたなら……どれ!?

 第1のコース、キマユペンギン
 ニュージーランドにのみ棲息する固有種で、和名「フィヨルドランドペンギン」。嘴の基部から眼の上部、後頭にかけて太く黄色いすじ模様があって、後頭部の冠毛が「かっとび」。姿では一番の評判だが、ざんねんながら日本の動物園にはいない。

 第2のコース、イワトビペンギン
 やや小型で、頭部(眼の上)の大きく広がる黄色い飾り羽(冠羽)が女性に人気。眼と嘴が赤、脚はピンク。
 特徴はもうひとつ、他のペンギンのようなヨチヨチ歩きはせず、その名のとおり「両脚を揃えて飛び跳ね」て進む。かわいく見えても性格は攻撃的…だが夫婦愛はつよい。

 第3のコース、マカロニペンギン
 やや大型の身体相応に、眼の上に生えたオレンジ色の羽(冠羽)が「かっとび」。イワトビペンギンなどと共に南極周辺に棲息する同属の主役級で、「マカロニ」の語源は「伊達男(18世紀イギリスの流行り言葉で、当時イタリアの流行最先端に敏感なオトコのこと)」だ…が。オレンジの冠羽が「くどすぎる」という評もある。

 第4のコース、ジェンツーペンギン
 こう見えても、コウテイペンギン、キングペンギンに次ぐ3番目の大きさ。両眼の間をつなぐ白い帯模様(これをターバンに見たてた英名「異教徒」が語源)が粋な「かっとび」。眼(虹彩)の茶色もシブい。
 長所は性格の温順なことで、「オンジュンペンギン」の和名があたえられているほど。

 じつは、ぼくの「かっとび、いちおし」がこのペンギンで…。
 冒頭で泳ぎの速さはみな同じように言ったけれど…じつはジェンツーが最速で時速35kmに達するといわれ。陸上の歩きも、ほとんど<疾走する>ように早い。

 ちなみに、ペンギンの脚は短足の代表のようにいわれるけれど、それは外見、脚の大部分が皮膚に隠れているためにすぎない。
 ジェンツーペンギンは、この不利な<足枷>をものともしない勢いでフル回転させ、海辺から内陸の繁殖地までの間を猛スピードでもじどおり「かっとんで」行く……
 

 

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2115-
★2018年07月07日日曜日
★11.3.11フクシマから → 3041日
★ オリンピックTOKYOまで →  383日
★旧暦6月5日、七夕
(月齢4.3、月出09:13、月没22:33)


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2114-
★2018年07月06日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 3040日
★ オリンピックTOKYOまで →  384日
★旧暦6月4日
(月齢3.3、月出08:02、月没21:55)


《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記48>-号外①厚真町-北海道胆振東部地震「山体崩壊」

-No.2113-
★2018年07月05日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3039日
★ オリンピックTOKYOまで →  385日
★旧暦6月3日、三日月・眉月・若月
(月齢2.7、月出06:52、月没21:12)














厚真町役場/2018年9月7日(金)昼頃

 2018年9月7日。
 6日未明(3時8分頃)発生の「北海道胆振東部地震」から一夜明けた朝。
 ぼくはまず、とるものもとりあえず、コンビニで〝道新〟(北海道新聞)の朝刊を手に入れた。

 1面と最終面の見開きトップに「厚真〔あつま〕震度7 北海道で初」の大見出し、ぶち抜きで。
 ヘリ撮影の写真が、烈しい「土砂崩れ(というより〝山体崩壊〟の惨状)」現場の惨状を伝え……

 その他のページも含めて、下記のような見出し・小見出しが状況を報告していた。
 〈5人死亡3人心肺停止〉〈29人安否不明 大規模土砂崩れ〉
 〈全道295万戸停電 全面復旧に1週間〉
 〈JR全線運休/新千歳閉鎖/1891校休校〉
 〈食糧確保や情報収集 助け合って〉〈「通電火災」に要注意〉
 〈土砂集落襲う 強い地震続く恐れ〉
 〈石狩断層帯 活発化か〉〈1週間は警戒必要〉〈「表層崩壊」の可能性、台風で表土不安定に〉
 〈崩れるや山 民家下敷き〉〈札幌 地盤陥没 液状化か〉
 〈震源域に最大火発 停電 生活まひ〉〈病院 外来診療中止も〉〈食糧確保へ店に列〉
 〈停電 経済に大打撃〉〈工場停止 物流は混乱〉〈北電 苫東厚真 災害リスクの教訓生かせず〉

  ……………

 いつもなら、《11.3.11》被災地東北巡礼「うちあげ」の日が、新たな地震被災地取材に「もうひと踏ん張り」の1日になった。

 GSの給油制限があって、長距離移動の不安をかかえ、やむなくボクらは自動車専用道を行かず、一般道を走りながら小刻みに、GSを見つけては少しずつ車のタンクを充たして行く。
 そのたびに、20~30分の行列待ち。

 そうして苫小牧の街に入ると、早速に港から急行してきた模様の、災害救助犬を乗せたレスキュー隊の車両に出逢い、優先の道を譲る。
 結局、レスキュー隊の後を追うようにして、厚真町役場に着く。

 台風通過にともなう雨のあと、道のあちこちに泥濘〔ぬかるみ〕がのこるなか、町役場玄関前の円庭に報道各社の記者たちが散在して、電話取材や記事送信に余念がない。

 近くの公園に、自衛隊災害派遣部隊が宿営の準備。
 災害のたびに、なじみの光景がくりかえされる、その頻度つみかさなるばかりの、この国であった。
 





厚真町新町・中郷/2018年9月7日(金)午後

 土砂崩れ現場の吉野地区には、まだ近づけないらしい。
 とりあえず、役場に近い周辺部を訪ねて見る。

 新町では住宅地の、街路のアスファルトがあちこちで捲〔めく〕れ上がり、家の門扉が捻じれたり、崩れたり…明らかな油断は、北国では必需の暖房ストーブ用、家庭備蓄タンクが至る所で倒れ、ひっくり返っている。ブロック材半分のお粗末な足場にのっただけでは、ひとたまりもない。

 指摘すれば、例によって「想定外」の返答であろう…が。ガソリンスタンド(GS)の非常用電源未設置とか、この家庭備蓄タンクの明らかな不見識、お手軽・気軽さは、てんで〝災害立国〟の立場をわきまえてもいない。

  ……………

 中心地から少し離れた中郷地区に行くと、災害応援の非常用大規模電源車が送電線に電気を供給しており…近くの避難所には、救護・援護する人々と、たくさんの茫然とする人々の姿が、綯い交ぜになっており。
 ぼくたちは、また、《11.3.11》被災地での体験をくりかえす。

 「地域密着コンビニ」と称賛されることになった「セイコーマート」の、品揃えもさることながら、温かい店員の対応に、冷えかかった心もちを慰められた。
 (このセイコーマートについては、もういちど稿をあらためて、とりあげたい)






厚真町新町・美里/2018年9月7日(金)午後

 〈北の大地〉らしい広い田園を徐行して、しばらく走ると美里地区。
 その行く手を、ふいに…なんの前ぶれもナシに遮られた。

 ほとんど(そりゃわるいジョーダン)みたいな感じで、1軒の建物がゴロンと舗装路に転〔まろ〕び出ていた。
 諸共に崩れてきたはずの、土砂がいち早く片づけられていたせいか、場違いに置かれたセットみたいにキョトンと、道を塞いで。その下を地割れがはしっている。

「なにがなんだか…わからんかったんだワ」
 被災した農家の主人の表情が、それこそ〈きつねにつままれた〉よう。
 近所の農婦だろうか、怖々とその脇を通り抜けながら、信じられない面持ちで、ひしゃげ崩れた家屋の窓を見上げていた……

 畑地など辺りに広がる地面の色は、全体に赤茶けて見える。
 このたびの地震は、粘土状のハロサイト土壌の上を、毛布のように覆った火山灰や軽石の表層が崩れたものだ…という。これは別に珍しいものではなくて、北海道・東北・東関東など日本の地層のほぼ半分を占める土壌とのこと。
 柔らかく脆い土壌が、台風の雨と地震動の複合によっ土砂崩れしたもの、ということであれば、これは日本のどこで起きても不思議はない災害…にちがいない。

 この地震による人的被害を、土砂崩れのあった厚真町に絞って見ると、死者36人(男性20人・女性16人)の死因は、窒息死が8割、外傷性が2割ということで、ここにも火山灰土の影響がうかがえる。
 いっぽう、死者の年齢を見ると60~80代が8割弱を占めて、高齢化社会と災害弱者の現状まざまざ、この傾向はこれからもつづくことになるのだろう。

  ……………

 しかし、ぼくたちの持ち時間も、「これまで」であった。
 予約しておいた帰宅のフェリーは、この日の夕刻便。
 そのフェリーの港にも、急遽〈離道〉を急ぐ人たちのキャンセル待ちが列をなしているにちがいなかった……

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.68~   手づくり巣箱の〝快哉〟

-No.2112-
★2018年07月04日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3038日
★ オリンピックTOKYOまで →  386日
★旧暦6月2日、繊月
(月齢1.7、月出05:43、月没20:23)







★北の大地、帯広からの便り…★

 「たより」というのは、しみじみ、いいもの、ありがたいものだ…と思う。
 直〔じか〕な電話やメールでは、とてもとても、こうはいかない。
 この、ほのぼのぬくもり感…読むうちにじわりとこみあげてくるしあわせ感は、「たより」にしかない。

 帯広の真鍋庭園から、手紙が届いた。www.manabegarden.jp
 ガーデンセンターのM・Nさんから、「いただいた巣箱でシジュウカラが子育てをはじめました」と。
 (上掲写真・左、巣箱の左側、ブルーの六角帯でかこわれたなかに親鳥の姿…)
 「もう雛がかえり、巣箱の中からはピーピーピーピーとかわいい鳴き声が聞こえてきます。慌てて撮った携帯の写真で、鮮明でなく申しわけありませんが、親鳥がせっせとエサを運ぶ姿です」と。

  …………

 M・Nさんと逢ったのは、ぼくたち夫婦が真鍋庭園を訪れたとき、ティータイムをすごして会計のとき、レジでのこと。
 カウンターに置かれた、モフモフのかわいい小物(?)のように見えたものが、
「エゾモモンガの尻尾なんですよ。園内の道にコレが落ちてて…きっと食べられちゃったんだと思うんですよね、尻尾には肉がないからのこったんだと思います」
 大自然の営みを垣間見せられることになり。

 このときから、ぼくたちはモモンガ・ファンになり。
 M・Nさんとも、このブログ記事を通じて交流がはじまったのだった。

 したがって、M・Nさんに送った巣箱も、じつはエゾモモンガ用に、ぼくが、全体に小鳥用よりもひとまわり大きめに拵えたもの。そのままに時がながれて、それから1年半かそこら……
 忘れかけた頃に、朗報がとびこんできたわけである。

  …………

 アカエゾマツの木に設置されてのち、雨風にさらされ…周囲の環境にもなじんできたからだろう、シジュウカラ夫婦のお眼鏡にかなったとみえる。
 (やっぱりモモンガには、ちと小さかったか…あるいは巣箱の位置が低かったのかも知れない)

 この手づくり巣箱は、ぼくの木工教室の定番作でもあり、各地の木工ワークショップなどでも、親子で作ってもらったりしている。
 右側の巣箱内写真は、「わたしの巣箱に間借り客がありました」と、別の方から報告があったものだけれど…ざんねんながら鳥の種類はわからなかった。

 ことしの北海道は気候の変化がめまぐるしい、らしい。
 手紙をもらったのが6月に入ってまもなく…だったか、「しっとりした空気に緑の香りが漂う候」であった。
 シジュウカラの雛は、孵化後18~20日で巣立つ、というから。もう巣箱を離れた頃かも知れない。

 M・Nさんの「たより」には、キビタキツツドリ、ヤマバト、カワアイサハイタカ、オオジシギ、アオバトゴジュウカラ、コガラ、アカゲラ、シマエナガなどなど、多彩な鳥たちの報告があって。
 もちろん、エゾモモンガやエゾリスたちも健在のようす。 
 
 眩しくおおきな帯広の夏空……に想いを馳せて
 「梅雨空とんでけ」きぶんのボクたちだった……


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2111-
★2018年07月03日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3037日
★ オリンピックTOKYOまで →  387日
★旧暦6月1日、新月・朔日
(月齢0.7、月出04:39、月没19:28)