どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2244-
★2018年11月13日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3170日
★ オリンピックTOKYOまで →  254日
★旧暦10月17日、十六宵の月・立待の月
(月齢16.3、月出17:17、月没06:28]


ぼくたちはナニを〈積み重ね〉てきた…か!?

-No.2243-
★2019年11月12日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3169日
★ オリンピックTOKYOまで →  255日
★旧暦10月16日、満月
(月齢15.3、月出16:42、月没05:28)






◆ストック(蓄積)とフロー(流動性

 ストック(stock)は、「蓄え、(知識などの)蓄積」。

 その原義が「木の幹、切り株」というところに〝深み〟を感じますし、「容器〔うつわ〕の大きさ」といわれたときのヴォリュームたっぷりを想わされもします。

 ぼくは、また、「スープストック(肉・魚・野菜などからとった出汁)」というものに、人の食味の豊饒を感謝する者です。

 そこで、さて
 ハナシは、はたしてこの、人の世の「ストック(蓄積)」や如何に…ということ。
 ぼくが、この秋の天高い青空を仰いで想ったことから、始まります。

  ……………

「東京一極集中」とか「東京ひとり勝ち」とか、が指摘され、さらには指弾され、あるいは非難されようと…なんの…この滔々たる流れに逆らえるモノはない、ようです。

 だまっていても、人が集まり、金が集まり、仕事が集まってしまう。
 高齢少子化社会になって人口減少が進むなか、東京都を軸にした首都圏だけに動態人口が増加しています。

 いくら「地方創生」とか「地方の時代」が呼びかけられても、現実には、さほどの動きも変化も見られません。
 いまの、(とくに)この国の政治に、こんな状況を〈根本的にあらためようとする〉気がない、のもタシカ…ですが。
 どうも、これは、政治の舵とりの問題ではすまない、らしいことにも、気づいてしまうのです。

 ぼくには、もうずいぶん前からずっと、「資本主義」に未来はないのではないか…疑念が巣喰っていて。
 しかし、いくら好奇心旺盛なボクでも、とても経済までは手がまわらない…ニガ手というやつ。

 それでも、少しばかり、あれこれの本を手にとってみると、資本主義の将来は「明るくない」、あるいは「いずれ終焉を迎えざるをえない」と考える人は、けっして少なくないことが知れます。
 けれども、かといって「次代の地球経済を担うのはコレだ」という、明確なモノもいまはまだ、どうも、つかみきれない、といったところのようです。

 資本主義が、根本的に人の、生物としてあるがままの幸福追求を第一義にしたものではない、のは。
 すべてが、市場経済にゆだねられてしまっているからですし……
 
 それ(市場経済)はつまり、流通(流動性=フロー)に価値の源泉をもとめる経済だからです。
 そこでは、人間的なものは一切が排除されてしまう。
 そこでは、「ストック(蓄積)」など無意味でしかありません。
 人間が営む経済でありながら、〈人間性に対しては非情〉という、矛盾を承知のうえで成り立っているわけです。

 その資本主義社会も、ひとつ大きな栄華の時代〔とき〕を経て、急な曲がり角にさしかかった…というより、ほとんど浮沈の境に立たされた、感があるのは。
 人が皆、薄々ながら〈市場経済の非情〉、〈人の幸福や社会の成熟とは相容れない〉ことに気がつきはじめたから、ではないでしょうか。

 このへんの事情については、哲学者・内山節さんの指摘がワカリやすい。
 内山さんは「資本主義とともに生まれた経済学は、大きな誤りを犯しているのではないだろうか。その理由は、価値の基準を市場に求めたことにある」と言います。
「その結果、豊かさは消費の拡大によって実現すると、考える時代がつくられてしまった」と。 
 

◆「フロー(流動性)」の時代は「高度経済成長」の頃から

 あれは……
 1954年(昭和29)12月(日本民主党の第1次鳩山一郎内閣)から1973年(昭和48年)11月(自民党の第2次田中角栄内閣)まで、約19年間のことでした。
 この間に「神武景気」、「岩戸景気」、「オリンピック景気」、「いざなぎ景気」、「列島改造景気」などと呼ばれる好景気が、立てつづけに発生。

 日本の国から、〝敗戦〟の影が(表面上は)どんどん薄れてゆき、西欧先進諸国に追い着け、追い越せと、活気に満ちた時代。
 ちょうど、ボクが9歳から28歳までの幼・小・青年期にあたり、だから、否応もなく、骨身に沁みてその変化をよ~く覚えています。

「もったいない」なんて美徳は、古くさいものとして遠ざけられて、キホン「使い捨て」が新たな美徳になりました。
 (そんな時代の反省として「もったいない」が復活するのは、およそ半世紀後のことになります)

 たとえば住宅でいえば、伝統の木造日本建築が片隅に追いやられ、住宅メーカーが大量生産する、和洋折衷の〝文化住宅〟に席巻されていきました。

 ぼくは、この「高度経済成長」時代の最末期、当時の国鉄「最長片道切符」の旅をして、2ヶ月という短期間に、全国の住宅事情を知るというチャンスに恵まれたので、いまだに記憶に新しい。

 日本列島の都市といわず、辺鄙な田舎の町や村からもさえ、それぞれの土地それぞれの成り立ちを物語る、歴史に裏付けられた独特の、特徴ある地方色というものが消えていった……のでした。

 内山さんの指摘する「ストック(蓄積)」とは、まさに人の歴史によって生み出されるもの。
 
 〇自然(の営み)が、まず、この社会をささえる最大のストックだし。
 〇この自然にはたらきかける人の営みも、なかなかのストック。
 〇さまざまなモノづくり、農・工・商の技も、したたかなストック。
 〇マスコミや出版、映像など、文化のストックもかかせない。
  じつに、さまざまな蓄積によって社会の基盤はささえられてきました。

 ところが、市場経済にストック(蓄積)は要らない。
 取引されることにのみ価値を見いだすのが、フロー(流動性)の市場経済
 そこでは、上記の蓄積されてきたストックもすべて、商品価値(たとえば〝観光資源〟になるとかの…)で判断されることになります。

 〈技〉だろうと〈文化〉だろうと、売れなければ価値がない、利益にならなければ〝退場〟を命じられるほかありません。

◆庶民がストック(蓄積)の価値に目覚めはじめた

 そんなフロー(流動性)の市場経済にも、ちかごろ翳りが見えてきました。
 これは、まちがいなく地球規模で、かぎりなく拡大をつづける生産&消費の時代は、終焉を迎えつつあるからにチガイありません。

 いつまでも、右肩上がりでありつづけることで成り立つ〈豊かさ〉の市場経済は、人口も市場も減少する時代になれば、結果〈社会を壊すだけ〉のものになるしかない……というわけです。

「そこに気づいた」のか、どうか。
 人々も、(少なくともこのままがイイとは思えなく)なってきました。

 つまり、ほんとうの豊かさとは、もっと親身な、カネで買えるような(フロー=市場経済的な)ものではなく、じつは、これまでに蓄積(ストック)されてきたナニかだったのダ、ということがワカッテきた。そいうことだと思います。

 それは、コミュニティー(地域社会)であったり、家族や友人関係によってもたらされる幸せ感であったり、豊かな自然や奥深いもののある文化であったり、自由で差別のない社会であったり。
 それが、なにより確かな、「フロー(流動性)な市場経済への反省」として芽生えた、といっていいでしょう。
 
 内田さんは、言います。
「これからは蓄積されたものに価値を見いだし、その価値を多くの人々が共有していける社会をつくらなければいけないのだろう。経済学もフローの経済学からストックの経済学へと転換させなければならない」と。

 ぼくは、経済学者さんたちには、なお、資本主義にかわる新たな〝道〟の発見につとめてもらいたい想いがつよいのです…が。
 そのためにも、内田さんが指摘するような「社会的な気づき」が不可欠なのだろう…と思っています。

  ……………
 
 こころあるアナタには、ストック(スープストックや災害食ローリングストックだけじゃなしに…)こころがけてほしい…人間性のストック(蓄積)です。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.90~  「旭日旗」…デザインはヨクてもサダメがわるい

-No.2242-
★2019年11月11日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3168日
★ オリンピックTOKYOまで →  256日
★旧暦10月15日
(月齢14.3、月出16:11、月没04:30)






★「旭日旗〔きょくじつき〕」が揺れている★

 自然〔じねん〕に吹くものではない〝風〟に、揺れている。

 ぼくは、デザインにおいても「シンプル・イズ・ベター」派だ。
 そのボクは、正直に言おう「旭日旗のデザインが好き」だ。
 ぼくは、他人〔ひと〕も認める性(生まれつき)「元気印」の人であり。
旭日旗」のデザインには、〈元気の素〉がつまっている。

 けれども……
 いま、あらためて(それはナゼか、ドコから由来したか…)を想ってみたら。
 原点は、ヤッパリ、上掲2点の図(いずれもウィキペディアから借用)からの影響にある(デザインの力は言うまでもない)のだった。

 ちなみに、ぼくの来歴をおさらいしておくと、1845年8月16日(さきの大戦に敗れた終戦翌日)の生まれである。
 
 上図、右『福神江の嶋もうて』では、恵比寿・大国が千両箱を積んだ馬を連れて江ノ島詣での目出度い図柄。足元の砂浜には小判が撒かれ、背後の江ノ島には旭日が昇っている。
 この図と同じではなかったと思うのだが、こんな図柄の祝い紙が神棚に貼ってあったのを、幼い日、母の実家で、たしかに見た記憶があるし。
 
 旭日旗にいたっては、これはもう、映画や放送などで何度も、くりかえし目にしてきた。
 とくに開戦当初、それこそ連戦連勝の勢いの頃の場面には、これでもかとばかりに〝軍艦旗〟や〝連隊旗〟として登場していた…のを想いだす。

 もともと日本というのが、「日の(日出〔いづ〕る)国」であることを好み、国旗「日の丸」にもその意識が継承されてもいる。
 さらに「紅白」というのが、また〈めでたい配色〉、「ハレの日」の象徴でもあった。

 デザイナーという職業はもとより、意匠デザインの権利なんてものも認められていなかった当時のことゆえ、「旭日」の発案者の名はのこされていない、けれども。

 「旭日」もその「めでたい」流れにあり、「朝日の昇る勢い」を愛〔め〕で祝う…のだから、これはもう初めから〈元気がいい〉わけなのだった。

 いま思い出したが、かつて漫画にも旭日に鶏の「コケコッコー」あしらって「あさぁ~」を表現したものがありましたっけね……

★〈旗じるし〉より先に〈家紋〉があった★
 
 なにしろ、この「旭日」。
 意匠(デザイン)としては、近代になっての〈旗〉よりずっと以前、武家の家紋(「日足紋」と呼ばれる)あたりにルーツがあるらしい。

 ともあれ、いい。
日章旗」の「日の丸」も、いいデザインだし、それから発展した(と思われる)旭日の意匠もまたイイ。
 だから、広く庶民の間にも〈縁起物〉の地位を獲得するにいたったのだと思う。
 (ちなみに、旭日の光線にも4条・8条・12条・16条・24条といった種類のバリエーションがある)

 だから、出生から発育期にかけての「旭日旗」自体に、〝非〟はなかった(ナイ…のではない! この過去形の意味を忘れないでほしい)

★戦争がもたらした運命の〝暗転〟★

 歴史の暗転は、日本帝国の膨張戦略に始まる。
 16条の「旭日旗」は、まず、1879年、大日本帝国陸軍の軍旗として決定採用され。
 1889年には、海軍旗にも採用。
 第一次世界大戦のときには、戦闘機の国籍標識にも。

 …こうして、第二次世界大戦(太平洋戦争)の最前線にあっては〝占領〟の目印としても掲げられて、〝アジア侵略〟を象徴する〈旗〉の命運を背負わされ。
 結局、広島・長崎への原爆投下といった惨劇を最後に敗戦の日を迎えるにいたり。
 この日をもって、じつは「旭日旗」の命運も尽きていた、にもかかわらず……

 なぜか戦後、1954年に「自衛隊」が発足すると。
 陸上自衛隊の隊旗、海上自衛隊自衛艦旗に、復活採用。
 外国から見れば、「Japanese Army」のシンボル、「War Flag」の復活にほかならず。
 そのことが、ぼくに言わせれば、この国の「大局観を無にした愚挙」であった。

 たとえ、はじまりは「日出る国」の祝意から発していても。
 また、たとえ、デザイン的に元気と勢いを感じさせて優れていても、だ。
 社会的な罪を背負ってしまったものは、消えていくほかに途はない。
「済んだこと」では済まされないし、「目的が違う」で通る話しでもない。

★外国から指摘されなくても…自重すべきこと★

 このハナシ、ことのおこりは、オリンピックがらみ。
 さきに、韓国国会の文化体育観光委員会が「帝国主義軍国主義の象徴」であるから、として、「旭日旗」のオリンピック競技場への持ち込み禁止決議を採択。
 
 これを受けて、2020年東京オリンピックパラリンピック組織委員会が、
旭日旗は日本国内で広く使用されており、旗の掲示そのものが政治的宣伝とはならない」
 として、持ち込み禁止とすることは想定しない(…???…)方針をあきらかにした。

 そもそも、この態度そのものが政治的(韓国の決議も同じ)だし、まぁ…いまの在り方そのものが疑問だらけとはいえ、国際オリンピック委員会が標榜する「国家の利益のためではない、平和の祭典」の主旨にも反する。

 にもかかわらず、日本政府や組織委員会はの見解は、といえば
大漁旗や出産・節句の祝い旗などとして広く使用されている」
 と強弁する。
 (ついでに言えば、たしかに勲章や警察章にも見られはするが…)

 しかし、あなたは、そう思いますか。
 たしかに、いまでも、たまたま見かけることはあっても、すでに古い(伝統の?)世代のなごりにすぎない…のではないか。

 さらに付言すれば、旭日旗デザインが数多く見られる場面は、ふだんの日本社会より、浅草仲見世など外国人観光客向けに売られる土産品に多い。
 たとえば、「神風」の文字の間に「旭日旗」の入った「手ぬぐい鉢巻き」とか。
 
 日本人の間にだって、(若い世代にはとくに)すでに薄い、かつてはアジア諸国に「植民地支配」を広げた記憶。
 その被害者であった側の国人たちの感情には、想いおよぶはずもないし。
 ましてや、まったく事情を知らない外国の人たちが、知らないままに持ち込んだりすれば、要らぬモメゴトのタネにもなりかねない。

 同じ敗戦国のドイツ、ナチスの「ハーケンクロイツ」には「戦犯旗」の烙印が押されている。
旭日旗」には、(たまたま)それがない…からといって、ナチスほどのことはしなかった…などと、まさか言えるものかどうか、考えてみればワカリきったこと。

 さきにサッカーの国際試合で、「旭日旗」持ち込みによる騒動と、ペナルティーを科される問題があったばかりではないか。

 外国からの反応や指摘を待つまでもなく、進んで、みずから襟をただして自重する、のが文化国家というものだと思う。

 また、万が一にも、いまの日本人庶民のなかに、アジア諸国に対して「植民地支配された貧しい国」みたいな差別意識があるとしたら、それこそ言語道断というもの。
 そんな人は、いちど、振り返って見るといい。
 そんなキミがいるニッポンという国だって、なんのことはない独立国家とは名ばかりの、「アメリカの植民地みたいなもん」じゃないのかぃ……と。
 

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2241-
★2018年11月10日日曜日
★11.3.11フクシマから → 3167日
★ オリンピックTOKYOまで →  257日
★旧暦10月14日、宵待ち月・小望月
(月齢13.3、月出15:42、月没03:33]


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2240-
★2019年11月09日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 3166日
★ オリンピックTOKYOまで →  258日
★旧暦10月13日、十三夜の月
(月齢12.3、月出15:15、月没02:38)


「天皇」を真に「国民」のものに……あらためて  「天皇制」を想う

-No.2239-
★2019年11月08日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3165日
★ オリンピックTOKYOまで →  259日
★旧暦10月12日
(月齢11.3、月出14:48、月没01:42)


※きょうは、二十四節気の「立冬」、そして七十二候の「山茶始開(山茶花サザンカが咲き始める頃)、または「水氷始(水が凍り始める頃)」。「北の国」からは積雪の便り……





◆「象徴天皇」と「国民主権

 ・〈日本〔にっぽん〕〉は、〈民主制国家〉です。
 ・国の設立は、 1947年5月 3日(民主制の憲法が制定された日、いまは憲法
  念日)
です。

  ※遠く〈建国〉のむかしについては諸説ありますが、日本神話による初代・神武
   天皇即位の日(辛酉年1月1日)とすれば、この日はグレゴリオ暦に換算して
   紀元前660年2月11日ということになりますが。
  ※この国は、明治維新後の1889年、「大日本帝国憲法」を制定し立憲国家に
   なり。その後、第二次世界大戦後の1947年、「国民主権」「基本的人権
   尊重」「平和主義」を謳う現在の「日本国憲法」を施行して、現在の〝民主国
   家〟になりました。
  ※ですから、ざっくり言って、古〔いにしえ〕から進歩をとげて、新たないま現在
   があり。ですから、文化としての懐古はあっていいけれど。時代も、国際的な
   環境も、いまはまったく違う、ということです。
  ※たいせつなのは、あくまでも主権在民(わたしたち人民が主権をもつ=人民な
   くして国家なし)。
  ※現在は、日本国憲法に規定されているとおり「天皇は日本国および日本国民統
   合の象徴
」です。日本の政体を「立憲君主制」とも言いますが、これは「天皇
   もおなじ憲法のもとにある=憲法に従う」ということで、別に「制限君主制
   という呼び方もあるのは、そのためです。したがって「君主の権力が憲法によ
   り規制されている君主制」という解釈は、ニュアンスが違う。
  ※以上のことを、まず、シッカリと認識しておきましょう。

  ……………

 「象徴」という言葉には、もともとが外国語の訳語のせいか、いまひとつピンとこない、わかりにくさがあります。
 ーーもともとは、かかわりのない二つのもの(たとえば〝具体的なもの〟と〝抽象的なもの〟)に、なんらかの類似性をもとめて関係づけることーー
 ……なんて言うより、「シンボル(たとえば、白い色=純潔黒い色=悲しみ、のように)」としたほうが遥かにナットクしやすい。

 「象徴」の、もとの語源はギリシャ語の「割符」。
 アレとコレとが、ぴったりあてはまる。
 つまり…「そうでしょ」「そうだね」の関係といっていいでしょう。

 けれども、「日本国および日本国民統合の象徴」といわれても、さて、どう解釈したものか。
 これは〈正解のない問題〉といってもいいくらい難しいテーマ。

 まず、「象徴」とされる「天皇」ご自身が、このテーマを考えると、ずいぶん悩ましいことだったと思います。
 しかも、「象徴天皇」は「昭和」「平成」の、まだ二代。
「君主(国家元首)」から「象徴」へ、一代でかわった昭和天皇には、大いなる戸惑いがあったことでしょうし。
 実質、純粋に最初の「象徴」となった平成天皇(現・上皇)の悩みは、いかばかり深かったことか。
 (主権者である国民は、〝本統〟なら、もっともっと、深く天皇とともに考え、悩まなければイケナイことです)

 そうした深い考察・洞察のなかから、平成天皇のみちびきだした〝応え〟が。
 ・「来〔こ〕し方〔かた〕」に寄り添う、戦跡と戦火に倒れた人々に向けた慰霊の訪問
  の旅
。そして
 ・「行〔ゆ〕く末〔すえ〕」に寄り添う、災害に遭った人々を労〔いた〕わり励ます、
  慰問の旅

 キーワードは「寄り添う」こと、そうして「祈りの旅」をつづけること。
 平成天皇が、見いだし、実行してきた、これが「象徴」の、ひとつのベストな〝応え〟でした。

 これが国民に広く篤く支持されたのは、「象徴天皇」にわかりやすく焦点をあわせてくれたからです。
 この「天皇の旅」に途中からくわわり、寄り添いつづけた、美智子皇后(現・上皇后)。もとは国民と同じ立場にあった人の、こまやかな心づかいと、あたたかい目線が、より一層、「象徴」を身近にしたことも、とても大きかった。

天皇の旅」が、「象徴」を国民に寄り添わせた、といっていいでしょう。

 ときには、〝劣化〟するばかりの政治にかわって、世の中の〝救い〟手にもになりました。
 代表的なのが、慰問先の、避難所などの床に膝をつき、手をとり声をかける、親身に寄り添う姿。
 このありように習うことがなかった、この国の首相が、近ごろはようやく床に膝をつくことができるようになったことが、なによりの証左といっていい。

 新しい「令和」の天皇も、この道を「継承」していくものと思います。

  ……………

 古〔いにしえ〕と、今と。
「君主」の天皇と、「象徴」の天皇とでは、それこそ天地の違い。
 
 そんな現在の「象徴」天皇(制)を、ただ「与えられた」ものではなく、国民が「みずからのもの」とするためには、「象徴」天皇の在り方を、この国の「来し方行く末」を、それぞれが考えることが不可欠です。
 天皇や、ましてや俗な政治に、考えをまかせていては無責任、非人情というものです。

女系天皇」が、あっていいじないか。
 という〝声〟にしても、アンケートにこたえるだけでなく、もっと積極的であるべきなんじゃないか。

 皇統は「万世一系」、男系男子にかぎって相続されるべき…なんて論に固執するむきもあるけれど。
 天照大神が女性神である、ことをもちだすまでもなく、これまでの皇統にも女性天皇はあったわけだし、その〝皇統〟承継があやういことになってきて、それでも「万世一系」を声高に叫ぶ人たちの頭は、あまりにカタすぎます。

 闘いにつよい者がよろこばれた、〝乱世の遺制〟にすぎませんし。
 万世一系にしたって、世情・政情によって変わり、歴史も書き換えられることがある事情からして、アヤシイものです。

 のこしたい文化は、それはそれとして、尊重されていい。けれども 
 現実の制度は、時代により、国際的な視野や地球環境に応じて、フレキシブルでなけりゃ、生きのこっていけない、でしょう。
 こうした事情も、やわらかい頭で考えていかなければなりません。
 
  ……………   

 10月22日には、〝平安絵巻〟さながらの「即位礼正殿の儀」が行われ、新天皇が即位を内外に宣明しました、けれども。
 パレードの「祝賀御列の儀」は台風災害があって…延期になった11月10日。

 そのすぐ後14・15日には、新天皇即位にあたって最重要の行事…と言うより「神事」の、「大嘗祭〔だいじょうさい〕」というものがひかえています。

 その「大嘗祭」という稀有に神懸りな祭事と、「象徴天皇」の在り方とを、無理のないカタチに治める方法はないものかを、わたしたちは考えておきたい。
 くりかえしますが、「主権は国民」にあって「天皇は日本国および日本国民統合の象徴」なのですから、このふたつの関係が、しっくりしていなければ、いけないでしょう。

 ですから
 このさい、宮中の行祭事についても、国民ひとしく、これから先の将来を見据えて、深く考えておく必要があると思います。

 そこで「大嘗祭」(写真、上右は平成天皇のときのもの)。
 この神祭事も、「即位礼正殿の儀」の、ながれのさき、にあるものですが。
 行事をカタチ(形式)でみると……

 皇居東御苑に、およそ90メートル四方の敷地を造成。
 大小40ちかい建物を設営した「大嘗宮」(写真、上左はこのたびの模型)のなかで、営まれますが。
 すべて、この儀式のためだけに〝臨時〟設備されるもので、いってみれば〝仮設〟(…というか、ツネならぬモノ)。
 終了後はすべて解体、建物は奉焼(炊上〔たきあげ〕=焼き清め)される、といいます。
 (平成天皇のときにも同じ儀式が営まれたわけですが、すんだ後のこと=処置をボクは知りません、けれども…)
 
 こんどの、令和天皇のもとでの「大嘗祭」で営まれる「大嘗宮」については。
 6月6日の新聞記事に、「清水建設が受注」という記事が載りました。
 (へぇ…ふつうの建物を建てるのと同じなんだ、と思いませんか)

 その価格が、9億5千700万円。
 それでも、予定価格(15億4千4200万円)の約6割ほどですんだ、とのこと。
 (ちなみに、即位礼のたびにある正殿の儀のため、京都から運ばれる高御座・御帳台の費用は160億8千500万円とか)

 7月に着工、10月末完成のスケジュールで、儀式の後の解体工事や敷地の復旧工事も含めて清水建設に追加発注されるそうですが、すべての総額(当初見込みでは約19億円とか)は知りません。
 (大嘗宮の建設中も、東御苑は見学できるそうですから、工事中のナニかしらを見た人もあるでしょう…これだって前回、平成天皇のときにはなかったことです)

 これ、失礼ながら、やっぱりモッタイナイですよね。
 ぼくは、そう思います。

 この大嘗祭」は、きわめて宗教色がつよいので「国事行為」にはあたらない、ということで「皇室行事」として行われるわけですが。政府は「公的性格がある」として国費を支出します。
 (その細かい内訳は、すべて国費なのかどうかも含めて、わかりません。国費つまり税金なのですが…)

 一方で宮内庁では、経費節減のため、敷地面積を前回より2割ほど縮小して、建設資材や工法も変更。
 そして、大嘗祭にはかかせない供え物「庭積机代物〔にわつみのつくえしろもの〕」と呼ばれる農林水産物(ただし特別な〝神饌〟とは別)、お米ほか全国の都道府県から届く品々、これまでは行事後「埋納」されていたものを、食品ロスの観点から「安全に食べられる物は有効活用」されることになりました。

  ……………

 つまり、皇室は明らかに、先の平成天皇の代から、時代の変化に鑑〔かんが〕みて(てらしあわせて)、これからの「象徴天皇」の在り方として、国民により深く〝寄り添う〟ため、皇室行事の簡素化を考えておられる。
「即位礼正殿の儀」で述べたお言葉からして、いまの令和天皇も同じ考えにあるといっていい、でしょう。
 にもかかわらず、そんな「天皇の人気を利用したい」〝腹〟の政府は、国費出費によって皇室に〝借り〟をつくらせようとしている…ようにしか見えない。
 (いわばスポンサー契約みたいなやり方)

 さあ、そこで、たいせつなのは「主権者である国民」が、どう考えるか、です。
天皇制」はどうなのか…もふくめて、真剣に考えなければいけない、ときにきています。
「どうすれば、よりよい国にできるのか」は、「昔からそうだったんなら…」とか「どうせ庶民の思うようにはならない」とかでは、どうにもなりません。

 象徴天皇と皇室が希求する「国の平穏と国民の平和」を、主権者の国民はどう考えるのか。
 できない相談はない、「こうあってほしい」望みをかなえるのが、〝本統〟の政治。

 また、どんな「伝統と格式」の行事といえども、それは、たとえ皇室の祭事であっても、時代と無縁ではありえません。

  ……………

 もうひとつ。 
「日本」と「日本人(民族)」を、根本から考えるのに。
大嘗祭」は、このほかにない、絶好の祭祀行事です。

 新天皇天照大神〔あまてらすおおみかみ〕と神々に、新穀を供え、みずからも食して「国の安寧」と「五穀豊穣」を祈る儀式(ふだんの年には「新嘗祭」が行われています)。

 さきの平成天皇から、いまの令和天皇に〝譲位〟のことがあったとき、「改元特番」目白押しのなか。
 もともとあるべきはずだった報道番組、「象徴天皇」にいたる天皇の真の姿を追い求めたのはNHKスペシャル『日本人と天皇』だけ、でした。

 ぼくは、そこに映しだされる天皇の姿に、賛否・〝よしあし〟とは別の、なにか迫真してくるものを感じました。
 そのとき、国民に寄り添う天皇は、神と向きあい祈っていました

 しかも、その祭祀が〝神道〟一色かと言えば、それとも違う、さまざまな時代の影響を反映したもの。
 そこには仏教色の儀式もふくまれ、「天皇と神と仏」を一体にするサンスクリット語の呪文「ボロン(意味は、菩提心を発し罪障を滅し心楽しく虚空の如く清浄)」の念が、ぼくの心には、なかでも不思議に新鮮に響きました。
 それはつまり、ゲンジツは神仏分離」に無理があって、「神仏混交」が自然だった…という想い。

 これは、ぼくの個人的な感性でしょうが。
 こんどの「大嘗祭」の頃には、きっと再放送があるはず(…あってほしい!)。
 あなたもぜひ、見て、あなたの「象徴天皇」について考えてみてほしい、と思います。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.89~  シマウマの〈縞模様〉の秘密!?

-No.2238-
★2019年11月07日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3164日
★ オリンピックTOKYOまで →  260日
★旧暦10月11日
(月齢10.3、月出14:19、月没00:47)





★じつは「害虫除け」だったらしい…シマウマの縞々★

 これまでの通説は、もっぱら。
「肉食獣(捕食者)の獲物になるのを避けるため、個体を識別しにくくしている」
 …とされていた、シマウマの縞々。

 子どもの頃からボクには、この説明が、スッキリ呑みこめなかった。
 それで、本で調べたら、もっと詳しい解説に出逢った。いわく
「哺乳類(霊長類をのぞく)は色を識別する能力が低い」から、「シマウマの縞模様もサバンナの草原の模様に紛れて判別しにくい」のだ、と。

 そう言われて、見れば見るほど、なるほど、シマウマの縞々はよくデキており。
 たとえば胴と脚とか…身体の部位ごとに縞の向きが変わる、芸の細かさは、群れをなせば個体それぞれの縞模様が混じりあってしまう……

 しかし。
 本には、この通説に対する反論も紹介されており。
「天敵の大型肉食獣には、ヒトほど縞の認識ができてはいないので、迷彩といっても天敵を混乱させるほど効果的とは思われない」という。
 ぼくには、この反論の方が説得力があった。

 結局は。 
「群れている方がトータルで被害が少なく、しかも、天敵と仲間の別も見分けやすい」からではないか。
 そう思って、すごしてきた。

 そこへ、また、米欧の研究チームから新説の登場。
「吸血して睡眠病を媒介するツェツェバエやアブなど、うるさい害虫から身を守るため、縞模様は進化したと思われる」と。

 ぼくは(あ…)と思った。
「迷彩、見せかけ」説には、人間の勝手な思い込み感があったけれど、この「害虫除け」説には、動物の生理に寄り添った感がつよかったからダ。
 研究チームに「これだけが精査に耐えうる」自信がある、というのも頷ける気がした。

 研究の成果を要約すれば。
「シマウマの縞には、害虫を体表にとまりにくくする効果がある」
 
 つまり。
 縞模様が(捕獲者のではなく)虫の目を晦ませることで、体表にうまく着地させないようにする。肌にとまれなければ、血も吸われずにすむ。

 実験は、シマウマとふつう(単色)の馬との比較。
 それと、もうひとつ念を入れて。
 単色の馬に、単色の布をかけた場合と、縞模様の布をかけた場合とで比較。

 その結果。
 いずれの場合にも、縞模様の体表にとまる虫は数が少なく、ツェツェバエが単色の面を好むことも明らかになった。
 さらにオモシロかったのは、虫は縞模様の体表に近づくと、うまく減速できずに、通りすぎてしまったり、体表にぶつかったりした…という。

 シマウマは、体毛が極端に短いので、じつは血を吸われやすいのだ、という。
 にもかかわらず、ツェツェバエの体内からはシマウマの血液がほとんど検出されない…このあたりが「虫除け説」の突破口になったらしい。

  ……………

 なお、ちなみに。
 シマウマも、ウマ科だが、近縁なのはロバ系。
 体色は、黒地の毛に白の縞模様で。大きな耳、先が房状になった尾、鳴き声など、ロバとよく似ている。

 そのせいか、性格もロバ系で。加齢とともに気性が荒く(誰かさんも同じ?)なって、人間になつくこと無く、しがって家畜化はきわめて困難。
 家畜化を、こころみては失敗をくりかえしているうちに、世の中の方がその必要性を無くしてしまった…そんな経緯〔いきさつ〕が過去に知られている。

 シマウマが家畜化をまぬがれたことは、「生命の自由」の観点からして、ぼくはヨカッタと思うのだが、どうだろう。

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2237-
★2018年11月06日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3163日
★ オリンピックTOKYOまで →  261日
★旧暦10月10日
(月齢9.3、月出13:49、月没....:....]


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2235-
★2018年11月04日(月曜日、振替休日
★11.3.11フクシマから → 3161日
★ オリンピックTOKYOまで →  263日
★旧暦10月8日、上弦の月
(月齢7.3、月出12:38、月没22:54]


「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2234-
★2018年11月03日日曜日、文化の日
★11.3.11フクシマから → 3160日
★ オリンピックTOKYOまで →  264日
★旧暦10月7日、弓張月
(月齢6.3、月出11:55、月没21:57]


嗚呼……「オリンピック」……オシマイのハジマリ!?

-No.2236-
★2019年11月05日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3162日
★ オリンピックTOKYOまで →  262日
★旧暦10月9日
(月齢8.3、月出13:16、月没23:50)
 

※この3連休中の3日(日)文化の日は、七十二候の「楓蔦黄(モミジやツタが黄葉する頃)」でした。
わが家でも冬への衣替え、始まってます。





◆これで〝お別れ〟

「2020TOKYO」オリンピック招致に成功…のときの、関係者たちの、馬鹿馬鹿しいほどのハシャギっぷりに、辟易としながらも、ぼくは正直。
「二度目の幸せ、これで見おさめ」と思うと、それなりに感慨深いものがありました。
 (招致合戦の時点では、こんどは競合したトルコのイスタンブールか、スペインのマドリードでもいいんじゃないか…と思っていたのです。この気もちもウソじゃなかった…そのへんの心理のアヤ、揺れた心情のほども、あらためて告白しておきます)

「見おさめ」のわけは、いうまでもありません。
 75歳を目前にして迎えることになる、自国開催のオリンピックでしたから。
 自身、アスリートと呼べるほどの経歴もないながら、スポーツ・マインドじゃ負けちゃあいない…くらいの気あいはたっぷりでもありました。

 そんなボクが、はじめ、開催時期はとうぜん(秋にきまってるよね)と思ったのは、無理もない、と思うのです。
 前回、1964年の第18回(こんどは第32回になる)大会のとき、開会式が10月10日(この日は後に〝体育の日〟になった)、閉会式は同24日(15日間)。そうして
 偶然とはいえ、開会式当日は素晴らしい〝秋晴れ〟の好天に恵まれもしたのですから。
 当時ぼくは19歳、それゆえ、こんどの大会が「二度目の幸せ」になるわけでした。

  ……………

 ごめんなさい、この記事中では、「オリ・パラ」のうち「パラ」大会については、煩雑を避けるため、あえて触れないことにさせてもらいますね。

  ……………

 ところが、じつは、開催は真夏の7月24日~8月9日(17日間)であって。
 誘致にあたっての宣伝文では、この季節の東京は「温暖な気候に恵まれ…」と、ほとんど嘘を吐〔つ〕いて(…といってもコレはどこにしたって似たようなものなのでしょうがね)いたこと。さらには

 その時期の決定には、最大の大会スポンサーであるアメリカのテレビ局への配慮(秋は人気のメジャーベースボールやバスケットボールのシーズン)があること…などをあらためて知るにおよんで、微妙な影を落としはじめたのでした。しかも……

 まるで、そのときを待っていたかのように、その後は(ご存じのとおり)あれこれの不祥事が連続するにいたって、ぼくの「見おさめ」感からは、しだいにワクワク度が薄れていきました。

 そうして、ともあれ、一年前のプレ・イベントもすんで、さぁ、いよいよ「ツメ」という段階にさしかかった10月16日、国際オリンピック委員会(IOC)から
「男女マラソン競歩のコースについて、猛暑の懸念から、東京から札幌へ移す計画がある」
 との発表があったわけです、けれども。

 この、不意打ちといっていい衝撃のメッセージには、しかし、なぜかドッと疲労感をもたらす性質〔たち〕の、不快な〈おくび(げっぷ)〉にも似た味わいワルイものがあったのも事実でした。

 ぼくには、そのとき、これから始まる〈馬鹿らしい茶番〉の筋書きが(ヨメてしまった)気がしたものです。
 そうして、それから時にすれば半月、ギュッと凝縮すれば最後の3日間(気をもたせる…までのこともない、ワカッていたこと)の、極々できのわるい〝寸劇〟は、みなさんイヤでもご承知のとおり。

 ぼくの気分は、すでにオリンピックがもはや終わってしまった後のような…つまり、もじどおり「あとの祭り」みたいでした…(おわかりいただけるでしょうか)。   

  ……………

 それでもオリンピックは、あります。
 そのときを迎えれば、スタジアムは大観衆の歓声に湧くでしょう。

 しかし、その向こう(の未来)に虹の架け橋は見えていますか。
 そう甘くはないゲンジツを、お話しておきたいと思います。

  ……………

 1つ、IOC(国際オリンピック委員会
 〈競技開催に関するすべての権限を有する〉ことは認めたうえで…それにしてもサ。
 その尊大にすぎる在りようは、どうです、まるで「裸の王様」じゃないか。
 だって、なぜなら、その背後にはちゃあんと、ホントの王様「金持ちスポンサーさま」がふんぞり返ってござる、からデス。
 アスリート・ファーストなんか、いまさら気どって見せたところで、それだってやっぱり、スポンサーに嫌われちゃいけない、ホンネ(…はカネ)が透けて見えてるじゃないですか。

 2つ、JOC(日本オリンピック委員会)&大会組織委員会森喜朗会長)
 IOCの決定・指示に、唯々諾々として従うのみの卑屈な態度は、これ、いったい、どうなってるんですかネ。IOCが親分だからといって、〈なにも言えないんなら、存在する意味もない〉んじゃないですか。
 現場は、たとえば陸連は、この間、どんな処遇をされ、どう対処したのか。
 それも、まともな声は、ついに聞こえませんでした。
 わずかに、瀬古利彦ラソン強化戦略プロジェクトリーダーが「なにも知らされていない、バカにしてますよね現場を…」と、テレビでコメントしていたくらいでしたよ。

 3つ、開催都市東京都
 小池百合子知事は、一応は「抵抗」の姿勢をして見せたものの、「合意なき決定をした(札幌開催を受け容れた)」最終的な軟着陸の結果は、舞台裏で密かに交わされた〝合意〟、たがいのメンツを守った筋書きどおりだったに、違いないじゃないですか。
 とくに、交わされた「4者協議の一致事項」のうち、「マラソン競歩以外の競技は移転しない」なんか、ほとんど〈駄々っ子の泣き落とし〉でしかない、情けなさすぎて涙も出ねぇや。

〈本統〉なら、東京都もJOCも大会組織委員会も、そして国もひっくるめた日本側が、もっと切実にアスリート・ファーストを追求したそのうえで、どうしても東京開催がむずかしい競技(ほかに馬術トライアスロンなどもある)については、積極的に〝移転〟を提案すべきだった、でしょ。

 それができなかったツケの重さを、思い知っていた関係者も、少なからずあったはず。

 すると、じつは…東京大会の暑熱・湿気対策にはホンネお手上げ状態だった、ところを、オールマイティーのIOCにお願いして、ツルのひと声をあげてもらったんじゃないのかぃ。
 そんなふうに勘繰りたくもなるくらい、お粗末なことでした、ホントに!

 よ~く考えて見れば、突然に役割をフラれた〈北都〉札幌も、まっこと、お気のどくさま。
 じっくり準備する余裕もないうえに、熱の冷めかかった一大イベントの開催には、余計・雑多な多くの迷惑がかかることでしょう。

 もうひとつ、たいせつなのは
 この顛末を、ちゃあんと世界は見てござる、こと。
 喉から手が出るほどに欲しい経済効果をめあてに、じつは、オリンピック招致を考えていた都市(その国も含む)は、こいつはやっぱりダメだヤバイぜ…と、思いなおしたに違いありません。

 こんな本末転倒の、いまのオリンピックなら、いいかげんにもう「お役目ごくろうさん」。
 別のチャンスに席をゆずる時期…に来ているんじゃなかろうか。
 つまり、これまさに、オリンピック…オシマイのハジマリ。
 銘記すべき、節目の大会になることでしょう。

  ……………

 ここで、すべての日本の選手諸君にも、ひとこと言っておきたい、と思います。
「開催地がどこになっても、じぶんは準備、調整して競技に臨むだけです」
 なんて、そんな、いつまで優等生みたいな態度でいるつもりですか。
 きみたちには、もっと、自分のもてるパフォーマンスに、自負と責任をもってほしい。
 
 観戦諸氏も、また同じです。
 もっともっと、サポーターのプライドをもって、競技に参加してかなきゃね。
 思いがけないほどに燃え、盛り上がったこんどのラグビー世界選手権人気を、忘れてはいけない、と思います。
 
 なんにしたって
他人まかせはダメよ!
 これが、このたびドタバタの〈教訓〉。

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2233-
★2019年11月02日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 3159日
★ オリンピックTOKYOまで →  265日
★旧暦10月6日
(月齢5.3、月出11:05、月没21:01)


杉の「木のストロー」でプラスチックごみ問題を想う

-No.2232-
★2019年11月01日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3158日
★ オリンピックTOKYOまで →  266日
★旧暦10月5日
(月齢4.3、月出10:08、月没20:07)











◆〈プラごみ〉汚染きわまる…!

 
 〇海に流出した〈プラごみ〉の総量…約1億5000万㌧
 〇うち沿岸から離れ外洋に流出した総量…約4500万㌧
 〇うち浮遊している総量…約44万トン(外洋流出の約1%)
 〇のこり99%はミッシング(行方不明)

 以上の驚愕!の数値は、1950年代から現在までに世界で生産されたプラスチックからの、浮遊量は海で回収される〈プラごみ〉量からの、それぞれ推計。
 この〈プラごみ〉の、世界でもっとも溜まりやすい場所が、日本近海(中国や東南アジアから出る量が圧倒的に多いから)と、いわれます。
 
 プラスチックには〈硬い〉のも〈軟らかい〉のもありますが、なにしろ〈丈夫〉。
 …で、そこが便利なわけです、けれども、理論上は〈何百年も分解されない〉からコマってしまうわけです。

「マイクロプラスチック」は、大きさ5mm以下の微粒ですが、重さがある以上、空気のなかでも水のなかでも〈沈む〉。
 どこに行くか…といえば、いずれ〈海底〉、それも〈深海底〉になるだろうことは、誰にもワカリます。
 
 …でも、全部が全部、きれいに沈んで、おとなしくそのまま動かない、ワケでもない。
 湧昇流にのって深海底から湧き上がってくる〈プラごみ〉もあるでしょうし、かぎりなく軽いために、沈まず海中に漂っているのもあるでしょう。

 プラスチックの、なかでも「マイクロ」が、厄介な困りものなのは。
 劣化して細かくなるほど、海中の有害化学物質を吸着しやすく、また、生物の体内にもとりこまれやすくやすくなる、こと。

 有人潜水調査船「しんかい6500」で深海のマイクロプラスチックを採集調査している海洋研究開発機構では、「その影響が、どれくらいの量になれば危険なのかを見極めたい」としている…現状は、まだ、そんな段階にあるようです。

◆海の底生生物に蓄積…!

 別の調査と実験(東京農工大などの研究グループによる)では、「マイクロプラスチックが有害化学物質を生物体内に運ぶ経路になっている」ことも明らかになってきました。

 この研究では、沖縄・座間味島(東南アジア方面からの漂着が懸念される)の。
 ①たくさんの〈プラごみ〉が漂着する汚染された海岸
 ②〈プラごみ〉がほとんどない、汚染されていない海岸とで
 二枚貝やヤドカリを採取、体内の有害物質濃度を分析、比較した結果。

 ①汚染地域のヤドカリからは、体重1gあたり最大482個のマイクロプラスチックが検出され、対して②非汚染地域のヤドカリからは、ほとんど見つかりませんでした。
 さらに、有害物質・ポリ塩化ビフェニール(PCB)の体内濃度も、①汚染地域の二枚貝(ヤドカリはもちろん)で高かったそうです。

 また室内実験では、PCB汚染されたマイクロプラスチックを入れた水で、ムラサキイガイを飼育したところ。
 体内にとりこまれた微粒子は、24日後にはそのほとんどが排出されたにもかかわらず、生殖器官の中のPCB濃度は高いままだった、とのこと。
 これは、いうまでもなく、PCBが溶け出して移行、蓄積したもの。

 以上のように、深刻な現状は、地球規模の気候変動とともに、生物環境破壊の脅威
です。

◆お口にもやさしい「木のストロー」…いかが

 そこで……
「〈プラごみ〉を極限まで減らせ!」という動きが、ついに、消費者レベルから企業レベルにまで浸透するにいたって。
〈レジ袋の有料化〉や〈プラスチック・ストローの廃止〉などが始まったことは、前にもお話したとおりです。

 ストローは「紙」になりました。
 これはヨカッタのですが、〈口あたり〉が、いまひとつの感。
 そのとき、〝木のひと〟のボクは、すぐに「木のストロー」にすればいい…と思いました。
 いずれ近々、世に出て来るだろう、と。

 むかし「経木〔きょうぎ〕」という、すぐれた食品包装材がありました。
 これは、杉や桧の材を紙のように薄く削ったもので、とおい昔は、これに経文を写したのが名の由来。

 魚や肉から惣菜、菓子にいたるまで、自然の抗菌作用もあって広く重宝されたものですが。欠点は、その薄さもあって木目で裂けやすかった。
 そこを克服するためには、薄さを抑え、木目に添って筒状に加工すればいい。

 そう思っていたら。
 環境ジャーナリストの女性の発案で、さっそく世に出てきました。
 それを伝え聞いて、某日、その〈でき栄え〉をたしかめに、出かけました。
 
 ホテルで、ティータイムや食事のひとときをすごすことはあっても、ストローの
〈口あたり〉を味わいに来るなんてのは、初めての経験。

 訪れたのは、この「木製ストロー」の開発にも参画した、赤坂・日枝神社に隣接するザ・キャピトルホテル東急
 地下鉄(銀座線・南北線)の「溜池山王」駅からすぐの永田町、近くには首相官邸もある辺り。

 窓外に山王様(日枝神社)の緑を望むラウンジで、注文したのは、とうぜんストローで味わう飲みもの。
 かみさんは「オレンジ・ジュース」で、ぼくは「アイス・チョコレート」。
 飲みものに添えて供された「木製ストロー」は、ただの袋じゃない、きちんとした箸袋と同様のシツラエになっていました。

 その〝ストロー袋〟から覗く〝顔〟を見て、ぼく(ほぃ、しまった…)と。
 ストローも、薄いチョコレートに近い色あいだったからです(上の写真でご覧のとおり)。
 …それはともかく。
 冷たい飲みものを、ひとくち吸って〈口あたり〉やさしく、ほんのり温もり。
 杉の香り…も、飲みものの味をそこなう、ほどのことはなく。
 そこはかとなく〝高級感〟をただよわせます。

 これは、厚さ0.15mmに削った杉を、口径およそ5mm・長さ約20cmに巻いたもの。
 木目が斜めに流れるように巻かれているところが、どうやら開発のミソらしい。

 課題は、手作業によるコスト高で。
 はじめの価格は、1本=数十円。
 
 しかし、それでも。
 導入の要望、少なからず。
 さらに、自治体からは、間伐材地産地消めざして「つくりたい」声もあがっている、そうです。

 キャピトルホテル東急では、好評につき、ラウンジほかのレストランにも拡大採用されている、とのこと。
 世の中、かわりましたネ……

 ちなみに、この「木のストロー」もらって帰って。
 家で冷えた「炭酸水」を飲んでみたら、ヤッパリ、これが色あいも味わいも、いちばんでした……
 

 
 
  

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.88~  無人運転トラック450kgの荷物を運ぶ…

-No.2231-
★2019年10月31日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3157日
★ オリンピックTOKYOまで →  267日
★旧暦10月4日
(月齢3.3、月出09:06、月没19:17)





★ミニ・ロケット4台で荷物をかつぐ…ような★

 地上を自動(無人)運転車が走るようになれば、空を無人操縦の飛行機が飛ぶのはアタリマエだ。
 ただ、地上から足が離れるのが苦手(高所恐怖症でもある)なボクとしては、自分が乗ることはゴメンこうむりたい。

 …と思っていたら。
「いえ、荷物を運ぶんです、空の無人物流ですね」
 という。

 2025年までの実用化を目指すのは、「クロネコヤマト」のヤマトホールディングス
 世界的な無人輸送機サービスをもくろむ。

 8月の末に、アメリカで、ベル・ヘリコプターと共同開発した無人輸送機の飛行実験を報道陣に公開した。
 (従って、ざんねんながら、ここにその写真はお見せすることはできないが…)

 かたちは、4発プロペラの、垂直離着陸の「ドローン」なのである。
 けれども一見、ミニ・ロケット4台の力をあわせて荷物を運ぶ…といった感じ。
 そのセンター、いわば担がれる神輿のかわりに荷室があって、実験機の積載量は最大32kgだが、将来は450kgまで運べるようにしたい、という。
 
 実験機の諸元は、幅2.7m×奥行1.2m×高さ1.8m、重量は約160kg。
 荷物を積んで高度50mくらいの空中を、およそ56km移動でき、ふつうの飛行機が飛べる天候であれば運航できる、そうな。

 共同開発は、機体をベル、荷物容器をヤマトが担当。
 機体から(地上走行の)トラックに積み替えやすいように、容器には小型の車輪がついている……

 と、以上は〈物流〉だが。

★さまざまな動き★

 無人輸送機の利用で、島国ニッポンらしい取り組みをあげれば。
「離島間の無人物流」が、ゲンジツもっとも望まれる場面にちがいない。

「ANAホールディングス」と〈離島の自治体〉長崎県五島市も、この8月。
 ドローンによる離島間の〝物流網〟構築を目指す実証実験を今年度内に行う、と発表。
 これには、自律制御システム研究所やNTTドコモなども協力する。

 五島市には、有人島だけでも11(無人島は52)あって、それぞれの島の地域住民や小売業者(生活用品や食品)、医療事業者(医薬品)などとの密接な連携が期待されている。

 被災地の郵便配達では昨18年冬。
 福島第一原発の事故後遺症に悩む福島県沿岸部〈浜通り〉で、日本郵便が小高郵便局(南相馬市)から約9km離れた浪江郵便局(浪江町)まで運行して注目を浴びた。

 このときの所要時間は約15分。
 機体監視の補助者を必要としない、新らしいドローンの性能は、重さ2kgまでの荷物を最高時速54kmで運べるとのこと。
 日本郵便では当面、月6日間、1日最大2往復で運用の予定、とのことだったが。
 あれは、その後、どうなったろう……

 アイディアはほかにも。
 NECは、人やモノを乗せて空中を移動する「空飛ぶ車」の試作機を公開、浮上実験をして見せ(8月)。
 23年にまず、物流輸送での実用化を目指す。

〈宅配〉の分野では、ネット通販の大手「楽天」が小型のドローンを使った実験を進めているし。
 アメリカでも「アマゾン」や、配車の「ウーバー・テクノロジーズ」が、やはりドローンによる宅配サービス開始を発表している。

  ……………

 ここまで紹介してきて。
 いま、ふと、ぼくは〈頭上の脅威〉を想った。
 宅配ドローンや、トラックなみの物流無人機が万が一(落ちてきたら…)、考えるだけでもオソロシイ。

 軍事では、無人偵察機無人破壊攻撃機が、もはやフツウになっている。
 そのながれを、なんとしても喰い止め、なんとか平和利用に特化してもらわないと、ボクたち、おちおち道も歩いていられない……
 

 
 

「おげんきよう!」の明日へ…きょうは「おやすみ」

-No.2230-
★2018年10月30日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3156日
★ オリンピックTOKYOまで →  268日
★旧暦10月3日
(月齢2.3、月出07:59、月没18:31]